再評価
空が“沈んだ”。
正確には、空という概念が一段階下へ押し込まれたような感覚だった。
王都の上にあったはずの青空は消え、代わりに黒い層が重なっていく。
レインはそれを見上げる。
「……また上が出てきたのかよ」
ゼノスの声は、いつもより静かだった。
『第二層監督者は“判断を覆す権限”を持つ』
「それ、つまり」
『今の戦いを“無効化”できる』
ミナが顔を引きつらせる。
「ふざけてるでしょそれ!!」
セリアも珍しく声を荒げた。
「今のは……全部意味なくなるってこと!?」
影の群れが一瞬止まる。
そして――
空間の奥から、ゆっくりと“何か”が降りてくる。
それは姿を持たない。
ただ、“枠”だけが見える存在だった。
世界の中に置かれた、巨大な観測フレーム。
その中に、王都も、レインたちも収まっている。
ネアが震えた声を出す。
「これ……評価装置」
「評価?」
「世界を採点してる」
フレームの中に、文字が浮かぶ。
『対象世界:ルクセリア系統』
『安定度:低』
『侵食適応:中』
『特異個体:有』
『継続価値:再計算』
レインは眉をひそめる。
「評価とかどうでもいいんだけど」
その瞬間。
フレームの中心が“赤”に変わった。
『再評価開始』
世界が揺れた。
王都の建物が、一部だけ“書き換えられる”。
壊れていない場所が、突然崩壊する。
崩壊していた場所が、無かったことになる。
セリアが目を見開く。
「現実の上書き……!!」
ミナが叫ぶ。
「もう戦いじゃないじゃんこれ!!」
レインは一歩前に出る。
「上書きしてる奴、どこだ」
フレームの奥。
“監督者”の気配が少しだけ強くなる。
『観測続行』
次の瞬間。
レインの右腕の義腕が、わずかに軋んだ。
「……ッ」
存在が、揺らぐ。
ゼノスが低く言う。
『来てる』
『“お前の定義”を削っている』
レインは歯を食いしばる。
「定義?」
『お前を“特異個体”として成立させている条件を崩している』
ネアが青ざめる。
「それ、どうなるの……」
『“レイン”が成立しなくなる』
沈黙。
ミナが一歩前に出る。
「ちょっと待って、それ死ぬとかそういう話でしょ!」
セリアも顔を強張らせる。
「存在の消去……」
フレームの中の文字が変わる。
『個体:レイン』
『安定性:低下』
『削除候補へ移行』
空気が凍る。
だがレインは笑った。
「削除ねぇ」
義腕を握る。
「やれるもんならやってみろよ」
その瞬間。
フレームが一瞬だけ歪んだ。
“評価”が止まる。
『……異常』
監督者の気配が揺れる。
ゼノスが静かに言う。
『お前の“拒否”が、観測を乱している』
「拒否って便利だな」
レインは前に出る。
「なら全部拒否するわ」
ミナが呆れた顔になる。
「それ無敵理論じゃん」
「今はそれでいい」
影が再び動き出す。
だが、動きが鈍い。
評価フレームが乱れているせいで、攻撃の確定ができていない。
セリアが気づく。
「今なら……通る!」
リシアが補助魔法を重ねる。
「いける……!」
ネアが小さく頷く。
「今しかない」
レインは義腕を構える。
蒼黒の光が、これまでより深く沈むように収束する。
「終わらせる」
監督者の声が響く。
『再評価中断』
『強制修正――』
だが遅い。
レインは踏み込む。
「《終律断界・零改》」
世界を裂く一撃。
フレームに向かって放たれる。
ズガァァァァァァァァン!!
空間が崩れる。
評価フレームに“ヒビ”が入る。
『……エラー』
監督者の声が初めて乱れる。
『評価不能個体……』
その瞬間。
フレームが砕けた。
静寂。
空が戻る。
王都の上に、再び青空が広がる。
影も消えた。
圧も消えた。
ただ――
レインは地面に片膝をつく。
息が荒い。
義腕が微かに光を失いかけていた。
「……やっと終わったか?」
ゼノスは答えない。
代わりに、遠くで“何か”が動く気配がした。
レインは空を見上げる。
そこにはもう何もない。
だが。
確かに感じる。
もっと深いところで。
“まだ評価されていない何か”が。
そしてゼノスは、静かに言った。
『いや』
『今のは“再評価の途中結果”だ』
レインは苦笑した。
「長ぇな、この地獄」
空は青いままだった。
それが逆に、不気味なくらいに。




