保存対象
“保存候補”。
その言葉が落ちた瞬間、王都の空気が一段階冷えた。
レインは無意識に息を止める。
「……ふざけんな」
短い一言だった。
だが、その中に明確な拒絶がある。
空の“目”は、淡々と王都を観測していた。
『文明レベル:中位』
『侵食耐性:低』
『変異因子:存在』
『保存価値:不安定』
ミナが顔をしかめる。
「何を勝手に評価してんのあれ……!」
セリアは魔法陣を展開するが、いつもの安定感がない。
「空間そのものが“解析”されてる……魔法が固定できない」
リシアが震える声で言う。
「見られてるだけで、世界が削れてる感じがする……」
ネアは唇を噛んだまま、空を見上げていた。
「これ……向こう側じゃない」
レインが振り向く。
「どういう意味だ」
「“向こう側の上”」
その言葉に、ゼノスが静かに反応した。
『正しい』
レインの表情がわずかに固まる。
「上ってなんだよ」
『侵食世界の管理層だ』
ゼノスの声は、いつになく重い。
『門の主は“現場処理”』
『こいつは“上層判断機構”』
空の目がゆっくりと収束する。
『決定』
静かな声。
『本個体群は保存処理へ移行』
次の瞬間だった。
空間が“圧縮”された。
――ギュンッ。
世界が一瞬だけ紙のように折れた。
「っ……!!」
ミナが膝をつく。
「何これ……体が……!」
セリアも歯を食いしばる。
「重力じゃない……存在そのものが圧縮されてる!」
レインは義腕を地面に突き刺す。
「《終律固定》!!」
蒼黒の力が広がる。
圧縮を押し返す。
だが――
空の目は微動だにしない。
『抵抗確認』
『強度:上昇』
そして。
“影”が増えた。
空の裂け目から、同じ存在が複数現れる。
一体ではない。
三体。
五体。
さらに増える。
ネアの顔が青ざめる。
「……これ、戦力じゃない」
「何だよ」
「回収部隊」
その言葉の意味を理解した瞬間。
レインは舌打ちした。
「最悪だな」
影の一体が動く。
今度は攻撃ではない。
空間を“折る”。
王都の一部が、音もなく消えかけた。
建物が崩れるのではない。
存在ごと、薄くなっていく。
セリアが叫ぶ。
「人が……消えてる!!」
ミナが目を見開く。
「やばいってこれ!!」
レインは即座に飛び出す。
「《終律展開》!!」
蒼黒の光が王都全体に広がる。
消失領域を押し返す。
だが、限界が近い。
影たちは“戦っていない”。
ただ処理している。
その差が絶望的だった。
ゼノスが低く言う。
『勝つための戦いではない』
「じゃあ何だよ!!」
『選別だ』
レインの動きが一瞬止まる。
「選別……?」
影の声が響く。
『保存優先度再計算』
『個体:レイン』
空の“目”が彼を見た。
『単独保存対象へ変更』
その瞬間。
世界が変わった。
――レインの周囲だけ、時間が止まる。
音が消える。
風が止まる。
仲間の声も消える。
ただ、空の目だけがそこにある。
『お前は特異』
淡々とした声。
『破壊と適応の両立』
『保存価値:極大』
レインはゆっくり剣を構える。
「勝手に決めんな」
『拒否は無意味』
空間が“箱”のように閉じていく。
ゼノスの声だけが響く。
『レイン、これは“隔離”だ』
「隔離?」
『このままだとお前だけ回収される』
レインは歯を食いしばる。
その時。
遠くから声が響いた。
『レイン!!』
ミナの声。
時間は止まっているはずなのに。
それでも、届いた。
セリアの声。
『戻ってきなさい!!』
リシアの声。
『行かないで!!』
ネアの声。
『あなたは、ここにいる!!』
その瞬間。
レインの義腕が強く光った。
蒼黒の紋章が、時間の停止を裂く。
「……うるせぇな」
レインは笑った。
「勝手に保存とか、マジで趣味悪いぞ」
剣を握り直す。
「俺は物じゃねぇ」
空の目がわずかに揺れる。
『矛盾検知』
「知るか」
レインは踏み込む。
「ぶっ壊すだけだ」
蒼黒の光が、時間の停止を引き裂いた。
世界が、再び動き出す。
そして――
“保存対象”という概念そのものに、初めてヒビが入った。




