第二の亀裂
その夜は静かだった。
王都ルクセリアの上空には雲ひとつなく、復興した街は久しぶりに安らぎを取り戻していた。
――表面上は。
レインは城の屋根に座っていた。
義腕を軽く握る。
まだ違和感はある。
だが、もう戦えない体ではない。
「……ほんとに終わったのかね」
呟きは夜風に消える。
『終わってはいない』
ゼノスの声は、いつも通りだった。
「知ってるって」
レインは空を見上げる。
そこには何もない。
何もないはずだ。
だが。
――パキ。
かすかな音。
空間が“ひび割れる”音がした。
「……来たか」
レインの表情が変わる。
次の瞬間。
空に、一本の線が走った。
黒い。
細い。
まるでガラスに入った亀裂のように。
そしてそれは、一瞬で消える。
「見えたか?」
『見えた』
ゼノスの声が低くなる。
『“第二層”だ』
「第二層?」
『門は一つではない。階層構造だ』
レインは眉をひそめる。
「ふざけてるだろ」
『事実だ』
夜空は静かなままだ。
だが、もう違って見えた。
翌朝。
王都はいつも通り動いていた。
人々は笑い、商人は声を張り上げ、子供たちは走る。
戦いの痕跡は、少しずつ薄れていく。
レインはその様子を見ていた。
「……守れたんだよな」
ミナが横に来る。
「今さら不安になってる?」
「いや、確認」
「なら大丈夫でしょ」
軽い言い方だった。
でも、それが一番安心できた。
セリアが書類を持ってくる。
「王国は正式にあなたたちを“特別保護戦力”に指定したわ」
「なんだそれ」
「つまり、また戦えってこと」
「やっぱりそうなるのか」
リシアは少し困った顔をする。
「でも……もう大丈夫なのかなって」
ネアは黙って空を見ている。
その目は、どこか遠い。
「……まだ、終わってない気がする」
レインはその言葉に反応する。
「お前も感じてるのか」
ネアは小さく頷いた。
「うん。向こう側が……見てる」
その瞬間。
空が一瞬だけ“歪んだ”。
誰も気づかないほどの僅かな揺らぎ。
だがレインだけは気づく。
義腕がわずかに熱を持つ。
「……やっぱりな」
ゼノスが静かに告げる。
『第二層が開きかけている』
「早すぎだろ」
『前回の戦いで均衡が崩れた』
レインは空を見上げる。
青空。
穏やかな雲。
だが、その裏にある“何か”。
「次はどんなやつだ?」
『知らん』
「またそれかよ」
『だが一つ言える』
ゼノスは少し間を置く。
『今度は“門”ではない可能性がある』
レインの目が細くなる。
「どういう意味だ」
『“侵食そのものが意思を持つ”段階だ』
風が止まる。
街の音が遠くなる。
まるで世界が一瞬だけ静止したようだった。
レインはゆっくり息を吐く。
「面倒くさくなってきたな」
ミナがすかさず言う。
「ずっと前からでしょ」
「否定できねぇ」
セリアがため息をつく。
「次に備えるしかないわね」
リシアは小さく頷く。
「うん」
ネアは空を見たまま呟いた。
「……来るよ」
その言葉と同時に。
空に、もう一度だけ“ひび”が走った。
今度は、少しだけ大きく。




