黒炎の少女
王都の空気が凍りつく。
黒炎を纏う少女。
その周囲だけ、空間が歪んでいた。
まるで現実そのものが拒絶しているようだった。
騎士たちが震える。
「あれが……塔の化け物……」
「違う」
セリアが低く呟く。
「あれは継承者」
少女の金色の瞳が、レインだけを見つめていた。
まるで他の存在が視界に入っていない。
その目には。
狂気と。
強烈な執着が混ざっていた。
「……来てくれた」
少女が小さく笑う。
黒い炎が揺らめく。
レインは《アークヘリオン》を構えた。
「お前が第三継承者か」
「そう呼ばれてるみたい」
少女は首を傾げる。
その動作は普通の人間と変わらない。
なのに。
恐ろしい。
本能が警告している。
【危険度:測定不能】
『気をつけろ』
ゼノスの声が重い。
『あれは半分、人間じゃない』
レインの背筋が冷える。
少女は一歩前へ出た。
その瞬間。
城壁に亀裂が走る。
ただ歩いただけで、空間が悲鳴を上げていた。
「私はネア」
少女は名乗った。
「ずっと待ってた」
「……何を」
ネアは笑う。
どこか嬉しそうに。
「終焉王の後継者」
レインの瞳が揺れる。
周囲の騎士たちがざわつく。
「終焉王だと……?」
「まさか……」
ミナがレインを見る。
レインは黙ったままだ。
ネアはさらに近づく。
「あなた、似てる」
金色の瞳。
終焉王を見ているようだった。
「同じ匂いがする」
「……違う」
「ううん」
ネアは首を振る。
「でも、まだ中途半端」
黒炎が揺れる。
「だから迎えに来たの」
その瞬間。
塔の方から、無数の黒い手が伸びた。
空を覆うほど。
騎士たちが悲鳴を上げる。
「うわぁぁぁ!?」
「また来るぞ!!」
だが。
黒い手は、ネアの後ろで止まった。
まるで彼女に従っているように。
ネアは静かに言う。
「この子たち、寂しかったんだって」
ゾッとする。
世界外の存在と会話している。
しかも。
普通に。
リシアが震える声を漏らした。
「完全接続……」
セリアも顔色を失う。
「ありえない……」
『いや、ありえる』
ゼノスが低く呟く。
『あの娘は“器”として完成している』
「器……?」
『世界外の存在を受け入れるための、完全な継承者だ』
最悪だった。
ネアは笑いながらレインへ手を伸ばす。
「一緒に来よう?」
「断る」
即答。
ネアはきょとんとした。
「どうして?」
「お前らが危険だからだ」
「危険?」
ネアは不思議そうに周囲を見る。
崩れた街。
怯える人々。
黒い塔。
でも。
本当に分かっていない顔だった。
「私は、みんなを救おうとしてるのに」
その言葉に、レインは目を細める。
終焉王と同じだ。
壊すことで救おうとしている。
ネアは寂しそうに呟く。
「向こう側には、争いも痛みもないよ?」
「……だから世界を繋げるのか」
「うん」
ネアは嬉しそうに頷いた。
「そうしたら、みんな苦しまなくて済む」
騎士たちの顔が青ざめる。
彼女は本気だ。
悪意ではない。
本気で救済だと思っている。
だからこそ危険だった。
レインは静かに《アークヘリオン》を握る。
「それで人が人じゃなくなるなら、意味ないだろ」
ネアの表情が止まる。
「……どうして」
「生きるってのは、苦しいだけじゃない」
ミナを見る。
セリア。
リシア。
エルド。
みんながいる。
「辛いことがあっても、笑える時だってある」
ネアは黙ってレインを見つめた。
金色の瞳が揺れる。
「……分からない」
その瞬間。
塔が脈動した。
ドクン。
空が黒く染まり始める。
【門 接続率:42%】
ゼノスの声が響く。
『まずい、塔が反応している!』
ネアも驚いたように振り向く。
「え……?」
次の瞬間。
塔の表面に、巨大な“目”が開いた。
王都全体より巨大な赤い瞳。
空が割れる。
無数の声が響く。
『開く』
『開く』
『門が開く』
ネアの顔から血の気が消えた。
「……違う」
彼女が初めて怯えた声を出す。
「私は、こんなの望んで――」
その瞬間。
巨大な赤い瞳が、ネアを見下ろした。
『器を回収する』
ネアが凍りつく。
レインは即座に理解した。
利用されていた。
彼女は“救済”を与えられていたんじゃない。
門を開くための鍵にされていた。




