森の怪物
「……な、に……あれ……」
ミナの声が震える。
森の奥に立つ黒い影は、あまりにも巨大だった。
木々より高い。
まるで山そのものが動いているような圧迫感。
赤い目だけが、闇の中で不気味に光っていた。
次の瞬間。
ォォォォオオオオオオオオオ――――!!
咆哮。
空気が震え、窓ガラスが砕け散る。
「っ!」
レインは反射的にミナを庇った。
耳鳴り。
胸が苦しい。
だが頭の中の黒い文字だけは、異様なほど鮮明だった。
【高位個体:黒獣グラディウス】
【危険度:極大】
【推定討伐成功率:0.3%】
【警告:現在の個体では戦闘不可能】
「……戦闘不可能?」
レインは息を呑む。
あの魔狼ですらギリギリだった。
なのに今度の相手は、比較にならない。
その時、外から鐘の音が鳴り響いた。
カン! カン! カン!
村の緊急警鐘。
「総員、広場へ集まれぇぇ!!」
ガルドの怒号が響く。
「レイン!」
「行こう!」
二人は家を飛び出した。
村の中央広場には、既に人が集まっていた。
子供たちは泣き、大人たちは青ざめている。
冒険者崩れの男たちが武器を持っているが、その顔に余裕はない。
誰もが分かっていた。
あれは勝てる相手ではない。
ガルドが前へ出る。
「聞け!」
村人たちが静まった。
「あの化け物は、この辺境に現れるレベルじゃねぇ!」
怒鳴る声に焦りが混じっている。
「女と子供は地下避難所へ! 動ける男は迎撃準備だ!」
「む、無理だよ……」
「死ぬぞ……!」
恐怖が広がっていく。
その時。
ズシン。
地面が揺れた。
化け物が、一歩進んだのだ。
森の木々がなぎ倒される。
距離が縮まってくる。
「ちっ……早すぎる……!」
ガルドが歯噛みした。
レインは拳を握る。
逃げなければ。
そう思う。
だが同時に。
頭の奥から、別の感情が溢れてきた。
――戦え。
――ここで逃げれば、全員死ぬ。
知らない誰かの記憶。
戦場。
崩れる街。
泣き叫ぶ人々。
『また守れなかった』
激しい頭痛。
「ぐっ……!」
「レイン!?」
ミナが支える。
その瞬間だった。
【条件達成】
【継承者権限を一部解放します】
黒い文字が現れる。
【スキル:《解析》を獲得しました】
直後。
世界が変わった。
「……え?」
レインの視界に、無数の情報が流れ込む。
化け物の筋肉。
骨格。
魔力の流れ。
弱点。
そして。
胸部に、赤黒く脈動する巨大な核。
【推定弱点部位:心臓核】
【破壊成功時、行動停止率92%】
「見える……」
レインは呆然と呟く。
「何がだ?」
ガルドが振り返る。
レインは巨大な黒獣を見つめたまま答えた。
「あいつの……弱点」
一瞬、静寂。
だが次の瞬間、周囲がざわついた。
「はぁ!?」
「何言ってんだ!?」
「相手は災害級だぞ!」
当然の反応だった。
しかしガルドだけは真剣な目をしていた。
「……本当か」
「胸の中央です。赤い核みたいなのがある」
ガルドの顔色が変わる。
「魔核か……?」
「村長?」
「高位魔物は核を持つ場合がある。だが普通は外から見えねぇ」
レインを見る目が鋭くなる。
「お前、本当に何者だ」
「……分かりません」
その答えしか出なかった。
だが。
ォォォォォオオオ!!
黒獣が再び咆哮を上げる。
そして。
走った。
「――来るぞぉぉぉ!!」
地面を砕きながら、巨体が迫る。
村人たちが悲鳴を上げた。
レインの心臓が激しく脈打つ。
逃げろ。
無理だ。
勝てない。
そう思うのに。
体の奥で、別の“自分”が囁く。
――剣を取れ。
気づけば、レインは前へ出ていた。
「レイン!?」
「おい馬鹿!」
ガルドが叫ぶ。
だが止まれない。
頭の中で、知らない技術が溢れてくる。
踏み込み。
呼吸。
重心移動。
剣技。
【継承人格との同期率上昇】
【第一戦闘記憶を一時解放します】
その瞬間。
レインの瞳が、一瞬だけ金色に染まった。
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