継承者
黒い月が脈打った瞬間。
レインの背筋に、氷を流し込まれたような悪寒が走った。
「っ……!」
空気が重い。
村全体が、何か巨大な存在に見下ろされているような圧迫感。
村人たちも異変を感じたのか、ざわめき始める。
「な、なんだ今の……」
「月が……動いた?」
「気のせいだろ……?」
だがレインだけは違った。
“知っていた”。
この感覚を。
遠い記憶の奥底で、確かに経験している。
――黒い月が現れた時、世界は滅ぶ。
そんな言葉が脳裏を掠めた。
「レイン!」
ミナが駆け寄ってくる。
「怪我してない!?」
「あ……ああ」
「よかったぁ……!」
安心したように胸を撫で下ろすミナ。
しかし次の瞬間、彼女はハッとした顔になる。
「って、違う! なんで倒せたの!? 今の上級魔物だったよね!?」
「いや……俺も分からない」
正直、本当に分からなかった。
気づけば体が動いていた。
まるで長年剣を振り続けてきたかのように。
その時だった。
「……お前、今何をした?」
低い声。
振り向くと、そこには村長のガルドが立っていた。
白髪混じりの大男。
元冒険者で、この村では最強と言われている人物だ。
そのガルドが、険しい目でレインを見ていた。
「村長……」
「答えろ。あの動きは何だ」
周囲の空気が張り詰める。
村人たちも不安そうにレインを見ていた。
当然だ。
ただの村人だった少年が、突然上級魔物を倒したのだから。
「……分かりません」
「分からんだと?」
「急に頭の中に、知らない感覚が流れ込んできて……」
嘘ではない。
だが、前世の記憶のことまでは言えなかった。
ガルドはしばらく黙っていたが、やがて魔狼の死体へ近づいた。
そして顔色を変える。
「……おい」
その声には、僅かな動揺が混じっていた。
「この魔狼、“魔核”がない」
「魔核?」
ミナが首を傾げる。
ガルドは険しい顔のまま続けた。
「魔物は心臓部分に魔核を持つ。魔力の塊みたいなもんだ。だがこいつにはそれがない」
レインの心臓が跳ねた。
右手が熱い。
まさか。
(俺が……吸収した?)
【継承成功】
先ほどの文字が脳裏に蘇る。
ガルドはレインを見つめた。
「……お前、本当に何も知らないんだな?」
「はい……」
数秒の沈黙。
やがてガルドは深く息を吐いた。
「……今日は休め。詳しい話は明日だ」
「え?」
「ただし、村の外へは出るな」
その言葉に、周囲の空気がさらに重くなる。
まるで監視対象だ。
ミナが慌てて口を開く。
「ちょ、ちょっと待ってよ! レインは村を助けたんだよ!?」
「分かっている」
ガルドは低く答える。
「だからこそだ」
そう言い残し、村長は去っていった。
その夜。
レインは自室のベッドに座り込んでいた。
窓の外では黒い月が不気味に浮かんでいる。
「……継承」
小さく呟く。
すると再び、目の前に黒い文字が現れた。
【個体名:レイン・アルヴェルト】
【継承者】
【継承数:1】
【保有能力】
・身体能力強化(微)
・夜目
・魔力感知(未解放)
「……なんなんだよ、これ」
ゲームみたいな表示。
意味不明だ。
だが、確かに力は増している。
今なら村の端の音すら聞こえそうだった。
その時。
コンコン、と窓を叩く音。
「レイン、起きてる?」
ミナだった。
窓を開けると、彼女は心配そうな顔をしていた。
「……入る?」
「うん」
ミナは部屋へ入ってくる。
獣人特有の耳が、しゅんと垂れていた。
「ねえ、本当に大丈夫?」
「大丈夫って?」
「なんか……今日のレイン、別人みたいだった」
レインは言葉に詰まる。
別人。
ある意味、正しかった。
自分の中には、他人の記憶が流れ込んでいる。
「……怖くないの?」
ミナが小さく聞く。
「俺が?」
「うん」
少しの沈黙。
レインは窓の外を見る。
黒い月。
頭の奥で響く、知らない声。
自分じゃない記憶。
「……怖いよ」
それが本音だった。
するとミナは少し笑った。
「そっか」
「え?」
「怖がれるなら、まだ大丈夫」
彼女はそう言って立ち上がる。
「レインがどんな力を持ってても、レインはレインでしょ」
その言葉に、胸の奥が少し軽くなった。
だが。
次の瞬間だった。
ズン――――ッ!!
突然、地面が揺れた。
「!?」
村全体が震える。
窓の外を見ると、遠くの森が赤く光っていた。
そして。
森の奥から、“何か”が立ち上がる。
山ほど巨大な黒い影。
赤い目が、村を見下ろしていた。
同時に、頭の中で声が響く。
【高位個体を確認】
【継承適合率――42%】
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