殺してほしい少女
「……は?」
レインの思考が止まった。
少女は震えている。
だが、その赤い瞳は本気だった。
「私を殺さないと……門が開く」
「何言って――」
「本当なの!」
少女が叫ぶ。
その瞬間。
黒い魔力が彼女の体から噴き出した。
ドクン。
空気が脈打つ。
【侵食率:86%】
レインの顔色が変わる。
さっきよりさらに上がっている。
少女は苦しそうに胸を押さえた。
「……もう、限界」
黒い紋章が腕を侵食していく。
皮膚の下を、黒い線が走る。
まるで何かが体内を這っているようだった。
ミナが一歩下がる。
「な、なにこれ……」
セリアが険しい顔で呟く。
「侵食が、肉体を乗っ取ろうとしてる……」
少女はレインを見つめた。
「私は……失敗した継承者」
「失敗?」
「力に飲まれたの」
声が震える。
「もう、抑えられない」
レインは拳を握る。
「だからって、殺せってのかよ」
「そうしないと、みんな死ぬ」
少女の目から涙が零れる。
「私は……もう長くない」
レインは何も言えない。
その時。
ゼノスの声が響いた。
『事実だ』
レインの瞳が揺れる。
『あの娘は、侵食核に近い』
「……侵食核?」
『門を開くための“楔”だ』
嫌な予感。
ゼノスは続ける。
『放置すれば、黒月側から完全接続される』
レインの背筋が冷える。
つまり。
彼女を通して、“あいつら”が来る。
「……助ける方法は」
沈黙。
そして。
『ある』
レインが顔を上げる。
『だが成功率は低い』
「教えろ」
『侵食核を切り離すしかない』
セリアが反応する。
「そんなこと可能なの!?」
『本来なら不可能だ』
ゼノスの声は重い。
『だが《アークヘリオン》なら、“概念”ごと斬れる』
レインは少女を見る。
苦しそうに息をしている。
「……名前」
少女が微かに目を開ける。
「え?」
「お前の名前、聞いてない」
少女は少し呆けた後、小さく笑った。
「……リシア」
「リシアか」
レインは立ち上がる。
《アークヘリオン》を抜いた。
蒼黒の光が走る。
ミナが息を呑む。
「レイン……?」
「助ける」
リシアの瞳が揺れる。
「無理……だよ」
「無理かどうかは、やってから決める」
レインは剣を構えた。
ゼノスが低く告げる。
『失敗すれば、侵食が一気に爆発する』
「成功させる」
『お前も飲まれるかもしれん』
「それでもやる」
静寂。
そして。
ゼノスは小さく笑った気がした。
『……本当に変わったな』
レインはリシアの前へ立つ。
侵食の黒い線。
それが見えていた。
心臓の奥。
そこに、“核”がある。
【対象固定】
【侵食核を確認】
だが。
普通に斬れば、リシアごと死ぬ。
必要なのは精密操作。
概念だけを切り離す。
超高難度。
レインは深く息を吸う。
ミナが不安そうに呟く。
「……大丈夫なの」
「分からん」
「分からんの!?」
「でも」
レインは少し笑った。
「助けたいからやる」
その言葉。
リシアの瞳から涙が溢れた。
「……バカ」
レインは《アークヘリオン》を構える。
蒼黒の魔法陣が広がる。
【王権術式 起動】
【概念切断モード】
空気が変わる。
エルドが静かに跪いた。
『ご武運を』
セリアも魔法陣を展開する。
「暴走したら、私が止める」
「頼む」
リシアは目を閉じた。
「……怖い」
小さな声。
レインは少しだけ黙り。
そして言った。
「大丈夫だ」
その言葉に根拠なんてない。
でも。
今は、それを言いたかった。
《アークヘリオン》が輝く。
侵食核が脈動する。
次の瞬間。
レインは剣を振り下ろした。




