未来という答え
その声は、耳で聞こえたわけではなかった。
頭の中に直接響いたわけでもない。
もっと根本的な場所。
意識そのものへ刻み込まれるような感覚だった。
『なぜ抗う』
たったそれだけの問い。
しかし、その一言によって世界全体が揺れていた。
空は震え、大地は軋み、遠くの海は波ではなく空間そのものが歪んでいるように見える。
無限の彼方。
世界の始まりよりも古い存在。
その意識が、初めてこちらへ向けられたのだ。
レインはゆっくりと息を吸った。
恐怖がないわけではない。
むしろ今までで一番恐ろしかった。
原初の終焉ですら、その一部に過ぎない。
そんな存在を前にして平然としていられる人間などいない。
だが、不思議なことに足は震えていなかった。
逃げたいとも思わなかった。
それはきっと、一人ではないからだ。
ミナがいる。
リシアがいる。
アヤがいる。
男がいる。
第八席がいる。
第三管理者がいる。
E-0がいる。
そして、終わった世界から来た人々もいる。
無数の意志が、この場所に集まっている。
レインは一歩前へ出た。
「抗ってるわけじゃない」
静寂が広がる。
無限の彼方は何も言わない。
ただ聞いている。
「俺たちは生きたいだけだ」
風が吹いた。
崩れた雲の隙間から、わずかな光が差し込む。
『生きる』
無限の彼方が繰り返す。
その言葉を確認するように。
『いずれ終わる』
「そうだな」
レインはあっさり頷いた。
その反応に、周囲が少し驚く。
だが、レインは続けた。
「終わるよ」
静かな声だった。
「人も終わる」
「国も終わる」
「星だって終わる」
誰も否定しなかった。
それは事実だからだ。
永遠に続くものなどない。
『ならば同じだ』
無限の彼方の声が響く。
『なぜ今を延ばす』
その問いに答えたのはミナだった。
「楽しいから」
全員が振り向く。
ミナは本当に当然のような顔をしていた。
「え?」
無限の彼方ですら、一瞬反応が遅れたように見えた。
「楽しいからだよ」
ミナは肩をすくめる。
「終わるのは仕方ないじゃん」
風が吹く。
「でも、終わるまでの時間があるでしょ」
静寂。
「その時間が大事なんだよ」
誰も口を挟まなかった。
それは単純だった。
あまりにも単純だった。
だが、だからこそ強かった。
人は永遠を生きられない。
だから一日が大切になる。
いつか別れるから、一緒にいる時間が大切になる。
終わりがあるから、今を大事にする。
その当たり前のことを、無限の彼方は知らないのかもしれない。
原初の終焉がゆっくりと振り返った。
『私は終わりだった』
白い身体が微かに光る。
『だから始まりを知らなかった』
その声には、以前にはなかった感情が混ざっていた。
戸惑い。
迷い。
そして興味。
『だが今は知りたい』
静寂。
『未来を』
その瞬間だった。
ゼノスの光が大きく輝く。
『終焉の意志を確認』
『リユニオン計画進行率』
『八十二パーセント』
数字が一気に上昇する。
あと少し。
本当にあと少しだった。
しかし、その時。
無限の彼方の中心で、巨大な光が渦を巻き始める。
周囲の世界の残骸が次々と吸い込まれていく。
砕けた星。
崩れた都市。
終わった文明。
その全てが光へと変わり、中心へ集まっていく。
E-マイナス1の表情が変わった。
「まずい」
レインが振り向く。
「何が起きてる」
「あいつが理解を始めた」
静寂。
「理解したことがない存在が、初めて理解しようとしている」
誰も意味が分からなかった。
だが、E-マイナス1は真剣だった。
「今までの無限の彼方は単純だった」
銀色の瞳が巨大な存在を見上げる。
「終わらせるだけだったからな」
風が吹く。
「だが今は違う」
静寂。
「答えを探し始めた」
その言葉に、レインは息を呑んだ。
確かにそうだ。
無限の彼方は怒っていない。
攻撃しているわけでもない。
考えているのだ。
初めて。
なぜ世界が生きようとするのかを。
なぜ未来を望むのかを。
その時だった。
終わった世界から来た少女が、そっと前へ出る。
あの銀髪の少女だ。
彼女は無限の彼方を見上げた。
そして、小さな声で言った。
「未来ってね」
静寂。
「分からないから面白いんだよ」
風が止まる。
誰も動かなかった。
少女は続ける。
「私たちの世界は終わっちゃった」
その声は震えていた。
「でもね」
一筋の涙が頬を伝う。
「終わる前の日まで、明日が来ると思ってた」
静寂。
「明日は何を食べようかな、とか」
「次はどこへ行こうかな、とか」
「そんなこと考えてた」
少女は笑った。
少しだけ寂しそうに。
でも確かに笑っていた。
「未来って、そういうものなんだよ」
無限の彼方は沈黙していた。
何も言わない。
しかし、確実に聞いている。
その時だった。
巨大な存在の中心で、今まで見えなかった光が生まれる。
本当に小さな光だった。
星の欠片ほどしかない。
だが、それは確かに存在していた。
E-マイナス1が目を見開く。
「まさか……」
第八席も気付く。
第三管理者も。
原初の終焉も。
そしてレインも。
それが何なのかを。
希望だった。
無限の彼方の中に、初めて生まれた希望だった。
そして、その瞬間。
リユニオン計画の進行率が再び大きく跳ね上がる。
『八十九パーセント』
『九十二パーセント』
『九十五パーセント』
あと少し。
本当にあと少しで、全てが繋がる。
だが次の瞬間。
ゼノスの表示が赤く染まった。
『最終警告』
全員の顔色が変わる。
『世界崩壊まで』
一瞬の沈黙。
『残り二時間三十八分』
誰も言葉を失った。
リユニオン計画は完成目前。
しかし世界の寿命も、ついに最後の時を迎えようとしていた。




