本体
誰も言葉を発せなかった。
E-マイナス1の表情は、今まで見たことがないほど険しかった。
原初の終焉が現れた時ですら、ここまで動揺してはいなかった。
その事実が、かえって状況の深刻さを物語っている。
レインは裂けた空の向こうを見上げた。
そこには、まだ何も見えない。
だが確かに何かがいる。
感じるのだ。
空間そのものが押し潰されるような圧力を。
まるで世界の外側全体が、一つの存在に押し広げられているかのようだった。
「本体ってどういう意味だ」
レインの問いに、E-マイナス1はしばらく答えなかった。
何かを思い出しているようだった。
思い出したくもない記憶を。
「俺たちは勘違いしていた」
ようやく絞り出された声は、かすかに震えていた。
「原初の終焉を、終わりそのものだと思っていた」
風が吹く。
崩れた空の破片が流れていく。
「だが違う」
静寂。
「あれは端末だ」
その言葉に、全員が固まった。
端末。
つまり、本体ではない。
レインたちの前にいる巨大な白い存在ですら、何かの一部に過ぎないということだ。
「待て」
第八席が眉をひそめる。
「あれが端末なら、本体はどれほどの大きさなんだ」
「大きさの問題じゃない」
E-マイナス1は首を振った。
「本体は場所そのものだ」
誰も意味が分からなかった。
だが次の瞬間、原初の終焉がゆっくりと振り返る。
今まで見たことのない動きだった。
まるで背後にいる何かを恐れているように見える。
『来る』
静かな声。
だが、その中には明らかな緊張があった。
『目覚める』
空の裂け目がさらに広がる。
ゴゴゴゴゴゴッ、と重い音が響いた。
世界の外側に漂っていた無数の残骸が、一斉に動き始める。
砕けた大陸。
滅びた都市。
崩壊した星々。
それらが渦を巻き、一つの方向へ引き寄せられていく。
まるで巨大な重力源が現れたようだった。
ミナが顔をしかめる。
「なんか嫌な予感しかしないんだけど」
「正解だ」
男が即答する。
「俺も同じことを思ってた」
だが、誰も笑わなかった。
笑える状況ではない。
裂け目の奥で、闇そのものが動いている。
いや、正確には違う。
闇だと思っていたものが、何かの影だったのだ。
その影が、少しずつ姿を現していく。
レインは息を呑んだ。
大きい。
そんな言葉では足りない。
星が豆粒に見えるほどの巨大さだった。
それは生物の形をしていなかった。
人型でもない。
怪物でもない。
ただ、無数の光と闇が絡み合いながら広がる巨大な領域。
まるで宇宙そのものが意思を持ったような存在だった。
そして、その姿を見た瞬間。
世界の外側から来た人々がざわめき始める。
「まさか……」
「あれは……」
「まだ残っていたのか」
絶望に近い声が次々と上がる。
レインは振り返った。
「知っているのか」
最初に現れた黒マントの青年が苦笑する。
「知っているも何も」
彼は空を見上げた。
「あいつに世界を終わらせられたんだ」
静寂。
誰も言葉を失う。
終わった世界の住人たち。
彼らの世界を滅ぼした存在。
それが今、こちらへ近づいている。
E-マイナス1は低く呟いた。
「名前はない」
風が吹く。
「誰も名付けられなかった」
それほど古い存在だった。
世界が生まれる前からあったもの。
原初の終焉ですら、その一部に過ぎないもの。
「だから俺たちは、こう呼んでいた」
銀色の瞳が揺れる。
「無限の彼方」
その瞬間。
巨大な存在が脈動した。
ドクン。
世界そのものが揺れる。
ドクン。
塔が軋む。
ドクン。
空が砕ける。
その鼓動一つで、現実が崩れていく。
ゼノスの警告音が鳴り響いた。
『緊急警告』
『世界崩壊率上昇』
『六十三パーセント』
数値が止まらない。
『六十八』
『七十二』
『七十七』
どんどん上昇していく。
そして。
リユニオン計画の進行率も変化した。
『進行率』
『四十七パーセント』
上がらない。
止まっている。
レインは気付いた。
今のままでは足りない。
地下世界。
天界層。
管理者。
終わった世界。
それらは繋がり始めている。
だが、まだ最後の条件が満たされていない。
その時だった。
原初の終焉がゆっくりと前へ出る。
白い巨人は振り返らなかった。
ただ、巨大な存在へ向かって歩き出す。
『私は知りたい』
静かな声が響く。
『終わりの先を』
レインは目を見開いた。
原初の終焉が、自らの意思で動いている。
命令ではない。
本能でもない。
自分で選んでいる。
『だから』
白い身体が光を放つ。
『私はお前に従わない』
世界が静まり返った。
無限の彼方が初めて反応する。
巨大な領域の奥で、無数の光が揺れた。
それは驚きだった。
原初の終焉が反逆したのだ。
数え切れない世界を終わらせてきた存在が、初めて自分で未来を選んだ。
そして、その瞬間。
ゼノスの表示が大きく変化する。
『リユニオン計画進行率上昇』
『五十五パーセント』
『六十二パーセント』
『七十パーセント』
一気に数字が跳ね上がる。
全員が息を呑む。
最後の条件。
終焉の意志。
それが今、満たされ始めていた。
だが次の瞬間。
無限の彼方の中心で、何かが目を開く。
今までとは比べ物にならない圧力が世界を襲った。
そして。
誰も聞いたことのない声が響く。
『なぜ』
たった二文字。
それだけで空間が歪む。
『なぜ抗う』
静寂。
レインは拳を握った。
ついに。
世界の始まりよりも古い存在が、こちらを見たのだった。




