世界の外から来る者たち
空が軋んだ。
まるで見えない巨大な扉が無理やりこじ開けられているような音だった。
裂け目の向こう側では、無数の光が漂っている。
最初は星の欠片かと思った。
だが違う。
近づくにつれて、それが何なのか分かり始める。
人影だった。
それも一人や二人ではない。
何千、何万という数の人影が、世界の外側からこちらへ向かってきている。
誰も声を出せなかった。
ゼノスの表示だけが静かに更新されていく。
『観測対象数増加』
『三万』
『五万』
『八万』
数字が止まらない。
レインは思わず息を呑んだ。
「……あれ全部、人なのか?」
E-マイナス1は裂け目を見つめたまま答える。
「正確には違う」
銀色の瞳がわずかに曇る。
「あれは、終わった世界に残された意志だ」
静寂が広がる。
誰も意味を理解できなかった。
第八席が眉をひそめる。
「意志?」
「ああ」
E-マイナス1は小さく頷く。
「世界が滅びても、全てが完全に消えるわけじゃない」
風が吹く。
遠くで崩壊した大地が光となって砕けていく。
「生きたいと願った者」
「守りたいものがあった者」
「諦められなかった者」
静かな声だった。
だが、その言葉には重みがあった。
「そういう想いだけが、世界の外側に残ることがある」
ミナが裂け目を見上げる。
「じゃあ、あの人たちは……」
「終われなかった人たちだ」
誰も何も言えなかった。
世界が終わった後も消えられなかった存在。
その数が、何万もいる。
それだけで胸が苦しくなる。
その時だった。
裂け目の中から、一つの人影が前へ出る。
他の存在よりも少し大きい。
輪郭がはっきりしている。
黒いマントのようなものを羽織った青年だった。
年齢は二十代前半ほどに見える。
しかし、その瞳には何百年もの時間が宿っているようだった。
青年は静かに周囲を見渡した。
そして、原初の終焉を見上げる。
「やっぱりか」
その声は驚くほど普通だった。
怪物でも亡霊でもない。
どこにでもいそうな青年の声。
だが、その一言でE-マイナス1の顔色が変わった。
「お前は……」
青年が視線を向ける。
そして少しだけ笑った。
「久しぶりだな」
銀色の瞳が大きく見開かれる。
レインたちは初めて見る表情だった。
いつも冷静だったE-マイナス1が、明らかに動揺している。
「生きていたのか」
「生きてない」
青年は肩をすくめた。
「終わったよ、とっくに」
その言葉に妙な寂しさがあった。
彼は死んでいる。
それを理解した上で話している。
まるで天気の話でもするように。
「ただ、消えなかっただけだ」
静寂。
レインは気付く。
この青年も、世界の外側に流れ着いた存在なのだ。
終わった世界の住人。
その代表のような存在。
青年はゆっくりと周囲を見回した。
崩れかけた塔。
空中島。
管理者たち。
そしてレイン。
最後にミナを見ると、少しだけ目を細めた。
「面白い世界だな」
「そう?」
ミナはいつも通りだった。
青年は笑う。
「ああ」
そして原初の終焉を見る。
「こいつに説教するやつなんて初めて見た」
その瞬間、空気が少しだけ和らいだ。
思わず男が吹き出す。
第八席も笑いを堪えている。
原初の終焉本人は困惑しているようだった。
『説教……?』
「説教だろ」
青年は即答した。
『そうなのか』
「そうだよ」
妙な会話だった。
世界の存亡を賭けた場面とは思えない。
しかし、その空気が逆に全員の緊張を和らげていた。
その時、裂け目の向こう側からさらに多くの人影が現れる。
老人。
子供。
兵士。
学者。
王。
農民。
様々な姿をした存在たち。
彼らは誰も攻撃してこない。
ただ、この世界を見ていた。
静かに。
どこか羨ましそうに。
レインはその光景を見て胸が締め付けられる。
あの人たちは帰る場所を失ったのだ。
世界ごと。
未来ごと。
全てを失った。
だから世界の外側を漂っている。
何百年も。
何千年も。
終わり続けながら。
その時だった。
一人の少女が前へ出る。
年齢はミナと同じくらいだろうか。
銀色の髪を揺らしながら、ゆっくりとレインたちへ近づいてくる。
そして小さな声で言った。
「お願い」
全員が彼女を見る。
少女の瞳には涙が浮かんでいた。
「負けないで」
静寂。
風が吹く。
少女は震えながら続けた。
「私たちは失敗した」
その言葉は重かった。
世界一つ分の重さがあった。
「守れなかった」
涙がこぼれる。
「だから、せめて」
少女はレインを見る。
ミナを見る。
そして仲間たちを見る。
「あなたたちは終わらないで」
誰も言葉を返せなかった。
ただ、その願いだけは全員に届いていた。
すると、少女の後ろにいた老人が前へ出る。
「そうじゃな」
さらに別の女性が続く。
「今度こそ」
兵士が拳を握る。
「終わりを超えてみせろ」
学者が頷く。
「証明してくれ」
次々と声が重なっていく。
何万もの世界。
何万もの歴史。
何万もの願い。
それら全てが、今この場所へ集まり始めていた。
そして、その光景を見ていた原初の終焉は、初めて理解できない感情を抱いていた。
終わったはずの存在たちが。
消えたはずの存在たちが。
なぜ未来を願うのか。
なぜ希望を託すのか。
その答えを知りたいと思ってしまったのだ。
その瞬間、リユニオン計画の設計図が眩しく輝き始める。
ゼノスが驚いた声を上げた。
『計画進行率上昇』
『四十七パーセント』
全員が振り向く。
まだ何もしていない。
なのに数値が上がっている。
そしてゼノスは続ける。
『条件を確認』
光の文字が空中に浮かぶ。
『異なる世界同士の理解を確認』
静寂。
誰もが気付いた。
リユニオン計画は力の計画ではない。
繋がりの計画だ。
だから今、この瞬間も進んでいる。
終わった世界と、終わっていない世界が。
互いを理解し始めたことで。
だがその直後だった。
原初の終焉の背後。
さらに深い闇の中から、巨大な何かが目を開いた。
それは今まで見えていた白い巨人よりも遥かに大きかった。
まるで宇宙そのものが意思を持ったような存在。
E-マイナス1の表情が凍り付く。
「嘘だろ……」
レインが振り向く。
「何だ?」
銀色の瞳は震えていた。
「原初の終焉じゃない」
静寂。
誰も理解できない。
そして彼は、かつてないほど重い声で告げた。
「本体が来る」




