黒月の玉座
黒い扉が、軋みながら開いていく。
ギギギギ――。
その音だけで、世界の空気が歪んだ。
扉の向こう。
そこに存在していたのは、“空間”ではなかった。
常識そのものが崩れている。
空は逆さま。
都市が宙に浮かび。
巨大な鎖が世界を貫いている。
その中心。
黒い輪の奥に、“玉座”があった。
巨大。
山より大きい。
無数の赤い目が、その周囲を漂っている。
そして。
玉座には、“誰か”が座っていた。
「……ッ」
レインの呼吸が止まる。
見えない。
輪郭が曖昧だ。
だが。
理解できる。
あれが。
“黒月の中心”。
巨大な赤い瞳たちが、一斉に囁く。
『帰っておいで』
『王様』
『君の席だよ』
耳鳴り。
頭痛。
終焉王の記憶が暴れ始める。
『戻れ』
『終わらせろ』
『世界はまた繰り返す』
「……違う」
レインは剣を握り直す。
だが。
玉座に座る“何か”が、ゆっくり立ち上がった。
その瞬間。
世界が静止した。
「……え」
ミナが息を呑む。
セリアも目を見開く。
玉座の存在は、一歩前へ出る。
そして。
その姿が、少しだけ見えた。
黒い外套。
蒼黒の剣。
金色の瞳。
――レインだった。
「……俺?」
完全に同じ顔。
同じ瞳。
だが。
決定的に違う。
その存在からは、“終わり”そのものの気配が漂っていた。
絶望。
崩壊。
死。
世界の終焉。
それを凝縮したような存在。
セリアが震える声を漏らす。
「終焉王……」
終焉王が静かに笑う。
『久しぶりだね』
その声は、レイン自身の声だった。
だが。
冷たい。
何もかも諦めたような声。
「お前が……終焉王」
『そう呼ばれてたね』
終焉王は玉座の階段を降りる。
歩くたび、空間が崩れていく。
『でも本当は、そんな大層なものじゃない』
金色の瞳が、レインを見つめる。
『ただ全部を守れなかっただけだ』
胸が痛む。
その感情が、分かってしまう。
終焉王は続ける。
『人は争う』
『奪う』
『壊す』
『だから終わらせるしかなかった』
「……違う」
レインは睨む。
「だからって、世界を壊していい理由にはならない」
終焉王は少し黙った。
そして。
寂しそうに笑った。
『昔の僕も、同じことを言ったよ』
「ッ……」
『でも無理だった』
その瞬間。
空間に無数の映像が浮かぶ。
戦争。
虐殺。
炎。
崩壊。
人間同士が殺し合っている。
『救っても救っても、壊れた』
終焉王の声は静かだった。
『だから僕は諦めた』
巨大な赤い瞳たちが笑う。
『絶望したんだよ』
『全部』
『全部』
レインは拳を握り締める。
確かに世界は綺麗じゃない。
人は間違える。
争いもなくならない。
でも。
それでも。
「だから終わらせるなんて、間違ってる」
終焉王の瞳が揺れる。
「俺は諦めない」
『……本気?』
「本気だ」
レインは《アークヘリオン》を構える。
蒼黒の光が溢れる。
「今度は守る」
終焉王は静かにレインを見る。
長い沈黙。
やがて。
彼は、小さく笑った。
『なら』
その瞬間。
終焉王の背後に、無数の黒い剣が現れる。
空を埋め尽くすほど。
全部、《アークヘリオン》と同じ気配。
『証明してみせて』
金色の瞳が冷たく細められる。
『僕を超えられるって』
次の瞬間。
無数の黒剣が、一斉に放たれた。




