教室の記憶
“先輩”。
その言葉が、ホームに静かに響いた。
レインの思考が止まる。
少女は震える目でこちらを見ていた。
制服。
黒髪。
肩から下げた学生鞄。
どう見ても、この世界の住人じゃない。
地下層の空気と、まるで馴染んでいなかった。
ミナが混乱する。
「え、誰!?」
少女はさらに目を見開く。
「え……」
「なんでそんな格好……」
彼女の視線は、レインの黒い剣や首元の痕へ向いていた。
まるで理解できないものを見るみたいに。
レインは低く聞く。
「……お前、誰だ」
少女の表情が揺れる。
「冗談……ですよね?」
「同じ学校だったじゃないですか」
静寂。
リシアが小さく呟く。
「学校……」
その瞬間。
レインの頭に、映像が流れ込む。
夕方の教室。
机。
窓から差し込むオレンジ色。
そして――
『先輩、また寝てましたよね?』
女の子の笑い声。
知らない。
でも知っている。
レインが頭を押さえる。
「っ……」
ゼノスが警告する。
『記憶封印層、部分解放』
『未処理人格データ流入中』
ミナが焦る。
「また変なの始まった!?」
少女は混乱したまま周囲を見る。
崩れた駅。
黒い列車。
顔なし乗客。
無数の腕。
現実離れした景色。
彼女の顔が青ざめる。
「ここ……どこ……?」
男が低く呟く。
「記憶層から引っ張られたのか……」
帰還者が静かに頷く。
「鍵が開き始めてる」
「だから、“向こう側の記憶”が混ざる」
少女は再びレインを見る。
不安そうに。
「先輩……本当に覚えてないんですか?」
レインは答えられない。
頭の奥が痛む。
教室。
雨の日。
屋上。
“黒い月”。
断片だけが流れ込む。
ミナがレインを見る。
その表情が、少し怖かった。
今のレインは、“地下のレイン”じゃない何かに近づいている気がした。
その時。
黒い列車が、大きく脈動する。
ゴォン――。
巨大な目が、少女へ向いた。
車体の文字が変わる。
【追加対象確認】
【記憶接続個体】
男が叫ぶ。
「まずい!!」
無数の腕が、少女へ向かって伸びる。
少女は完全に固まった。
普通の人間だ。
こんなの避けられるわけがない。
ミナが叫ぶ。
「危ない!!」
だが次の瞬間。
レインが反射的に前へ出る。
黒い斬撃。
ズバァッ!!
空間ごと腕が消える。
しかし。
今度はレイン自身の右腕が、一瞬“透けた”。
ミナの顔色が変わる。
「レイン!!」
ゼノスが冷静に告げる。
『自己存在の切断を確認』
『再接続を実施します』
透けた腕が、ゆっくり戻る。
だが完全じゃない。
輪郭が少しノイズ混じりだった。
少女が震える声を漏らす。
「……先輩」
「何があったんですか」
レインは答えない。
答えられない。
自分でも分からない。
だがその時。
鍵が、勝手に熱を持つ。
銀色だった鍵が、黒く染まり始める。
帰還者が目を細めた。
「……開く」
直後。
駅全体に、“チャイム”が鳴り響いた。
キーンコーンカーンコーン――。
学校の終業チャイム。
その音と同時に。
ホームの景色が、“教室”へ変わり始める。




