最初の日
少年が消えた。
ノイズの粒になって。
まるで最初から存在しなかったみたいに。
ホームには静寂だけが残る。
ミナが小さく呟く。
「……消えた」
レインは、手の中の鍵を見る。
銀色。
古い。
傷だらけ。
だが触れた瞬間、胸の奥が妙にざわついた。
“知っている”。
見覚えがある。
でも思い出せない。
ゼノスが低く反応する。
『未知の記憶鍵を確認』
『深層領域との接続率が上昇しています』
男が険しい顔で言う。
「それ、捨てろ」
ミナが即座に反応する。
「なんで!?」
男はレインから目を離さない。
「記憶鍵は危険だ」
「封じた記憶を強制的に開ける」
リシアが不安そうに聞く。
「封じたって……レインが?」
男は答えない。
その沈黙が、逆に答えだった。
レインは鍵を見つめたまま呟く。
「最初の日……」
その瞬間。
黒い列車が動く。
ギギギギギ……。
巨大な目が見開かれる。
無数の腕が、一斉にレインへ向く。
車体側面の文字が変化した。
【回収優先度:最上位】
【対象:E-17】
ミナの顔色が変わる。
「またそれ……!」
レインの頭にノイズが走る。
白い部屋。
誰かの声。
黒い月。
そして――
“自分の名前を忘れる瞬間”。
頭痛が走る。
レインが片膝をつく。
「っ……!」
ゼノスが警告する。
『記憶封印層へ干渉を確認』
『鍵との同期率上昇』
その時。
ホーム全体が揺れ始める。
ゴゴゴゴ……。
黒い列車の周囲に、空間の裂け目が無数に開いていく。
その裂け目の向こうには、別々の景色が映っていた。
森。
王都。
地下層。
そして――
普通の教室。
ミナが息を呑む。
「学校……?」
レインの視線が止まる。
教室。
夕方。
窓際の席。
そこに、“黒髪の少年”が座っている。
自分だ。
だが。
その光景を見た瞬間、胸が締め付けられる。
何か大切なことを、思い出しかける。
帰還者が静かに呟く。
「記憶層が浮いてる」
男が顔をしかめる。
「終律と鍵が共鳴してるんだ」
「このままだと全部開くぞ」
ミナがレインの肩を掴む。
「ねぇ、大丈夫?」
レインは答えようとして――止まる。
一瞬。
ミナの名前が出てこなかった。
ほんの一瞬だけ。
だがそれだけで、背筋が冷えた。
ミナも気づく。
「……レイン?」
その瞬間。
黒い列車の巨大な目が、“笑う”。
直後。
裂け目の一つから、“誰か”が落ちてくる。
ドサッ!!
ホームへ叩きつけられた人影。
制服姿。
女の子。
長い黒髪。
年齢はレインたちと同じくらい。
彼女は苦しそうに咳き込み、ゆっくり顔を上げる。
そして。
レインを見るなり、目を見開いた。
「……先輩?」
空気が止まる。
ミナが固まる。
「……え?」




