黒い月の教室
ホームの床が、木製へ変わっていく。
砕けたタイルは消え。
代わりに並ぶ机と椅子。
古びた黒板。
夕焼け色の教室。
ミナが呆然と呟く。
「……学校」
さっきまで駅だった場所が、完全に教室へ書き換わっていた。
だが普通じゃない。
窓の外には、“黒い月”が浮かんでいる。
空が暗い。
夕方と夜が混ざったみたいな色だった。
リシアが震える。
「これ……記憶?」
少女は、ゆっくり周囲を見る。
そして小さく呟いた。
「……あの日」
レインの頭が痛む。
心臓が嫌な音を立てる。
この教室を知っている。
座席の位置。
窓際。
黒板の傷。
全部。
ゼノスが静かに告げる。
『深層記憶層との完全接続を確認』
男が舌打ちする。
「止められねぇ……」
その時。
教室の扉が開く。
ガラッ。
全員が振り向く。
そこに立っていたのは――
“もう一人のレイン”だった。
制服姿。
普通の少年。
だが今度は、さっきの残滓じゃない。
もっと鮮明。
ちゃんと“生きている”。
ミナが息を呑む。
「また……」
学生レインは、教室へ入ってくる。
こちらには気づいていない。
まるで過去の映像みたいだった。
彼は窓際の席へ座り、ぼんやり黒い月を見上げる。
少女が小さく呟く。
「……先輩」
その時。
現在のレインの頭へ、感情が流れ込む。
倦怠感。
焦燥。
そして――
“終わりたい”という感覚。
レインが顔をしかめる。
「……っ」
ミナがすぐ支える。
「大丈夫!?」
学生レインが、窓の外を見ながら呟く。
「また出てる」
少女が席から立つ。
彼女もこの記憶の一部らしい。
「黒い月、最近ずっとですよね」
学生レインは笑わない。
「……あれ、見えてから変なんだ」
空気が冷える。
現在のレインの胸がざわつく。
知っている。
この会話の続きを。
でも思い出したくない。
ゼノスが低く告げる。
『記憶防壁が抵抗しています』
男が険しい顔で言う。
「無理に見るな」
「封じた記憶には理由がある」
だが。
教室の時間は止まらない。
学生レインが、ゆっくり立ち上がる。
そして黒板へ近づいた。
黒板には、誰かが落書きしたみたいな文字がある。
【お前は選ばれた】
ミナが息を呑む。
「誰が書いたの……」
学生レインも固まる。
「……は?」
次の瞬間。
教室の電気が消える。
バチン!!
暗闇。
そして。
窓の外の黒い月が、“近づいていた”。
リシアが震える。
「月が……」
普通じゃない。
空にあるはずなのに。
まるで“教室を覗き込む目”みたいに巨大化している。
少女が青ざめる。
「先輩……逃げて」
だが学生レインは動けない。
窓の外から、“何か”が見ている。
その瞬間。
現在のレインの鍵が、勝手に開いた。
カチリ。
静かな音だった。
同時に。
記憶が、一気に流れ込む。




