運行不能
窓の外を、無数の腕が埋め尽くしていた。
白い。
長い。
目がついている。
その全てが列車へ伸びてくる。
空間そのものを掻き回しながら。
ミナの声が震える。
「数おかしいって……」
車掌は動かない。
顔のないまま、静かに窓の外を見ている。
だが車内放送だけが、不規則にノイズを吐き始めていた。
『運行経路損傷率……増加』
『空間固定……失敗』
『再計算……不能』
男が舌打ちする。
「囲まれた……!」
列車が激しく揺れる。
ドン!!
車体の横へ、巨大な腕が叩きつけられた。
窓ガラスに亀裂が走る。
リシアが悲鳴を上げる。
「割れる!!」
その瞬間。
車掌の大量の腕が伸びる。
ガラスへ触れた瞬間、亀裂が“巻き戻る”。
ミナが目を見開く。
「直った……?」
セリアは低く呟く。
「修復じゃない」
「破損前へ戻してる」
レインは剣を握ったまま立っていた。
黒い刃が不安定に揺れている。
終律剣は完全に実体化していない。
なのに。
存在しているだけで、周囲の空間が削れていた。
ゼノスが低く告げる。
『現在のレインは危険状態です』
『終律との境界が接続されています』
レインは短く返す。
「切ればいいんだろ」
『推奨しません』
『現在のあなたは、“切断対象の定義”が不安定です』
ミナが顔をしかめる。
「日本語でお願い!!」
男が代わりに言う。
「今のこいつ、自分まで切る可能性があるってことだ」
静寂。
ミナの顔色が変わる。
「……は?」
その時だった。
車両後方から、“音”がする。
ギィ……。
全員が振り向く。
後ろの扉が、少し開いていた。
暗い。
何も見えない。
だが。
そこから“誰か”が覗いている。
ミナが息を止める。
「……なに、あれ」
顔。
人間の顔。
今までの顔なしじゃない。
ちゃんと目も口もある。
だが表情がない。
完全な無表情。
男の顔色が変わる。
「嘘だろ……」
セリアが目を細める。
「知ってるの?」
男は震える声で答える。
「“戻ってきた奴”だ」
扉がゆっくり開く。
中から、一人の少年が出てくる。
年齢はレインたちと同じくらい。
白い服。
黒い瞳。
そして首元には――
レインと似た黒い痕があった。
ミナが凍る。
「……え」
少年は静かにレインを見る。
そして、初めて口を開いた。
「まだ残ってたんだ」
普通の声。
ノイズもない。
それが逆に不気味だった。
レインが眉をひそめる。
「お前、誰だ」
少年は少し考えるように黙る。
そして。
「忘れた」
その瞬間。
車内の温度が、一気に下がった。
ゼノスが警告を鳴らす。
『危険存在確認』
『識別コード消失個体』
『通称――帰還者』




