顔なし車掌
車掌は静かに立っていた。
黒い制服。
古びた帽子。
白い手袋。
だが顔だけが存在しない。
空白。
そこに何かが“抜け落ちている”。
ミナが小さく悲鳴を漏らす。
「また顔ない……」
車掌はゆっくり頭を下げた。
『ご乗車ありがとうございます』
ノイズ混じりの声。
なのに妙に丁寧だった。
リシアが震える。
「喋るんだ……」
男は警戒したまま聞く。
「……運行中だったのか」
車掌は少しだけ首を傾げる。
『運行は継続されています』
『停止命令は確認されていません』
ミナが顔をしかめる。
「誰も乗ってないのに?」
車掌は沈黙する。
その沈黙が逆に怖かった。
セリアが静かに聞く。
「どこへ向かってるの?」
車掌はゆっくり答える。
『未定義』
『現在、最適経路を再計算中』
男が小さく舌打ちする。
「最悪だ……」
ミナが即座に反応する。
「なんで!?」
男は低く言う。
「行き先が決まってない時の列車は危険なんだ」
「“必要な場所”へ連れていかれる」
静寂。
ミナが引きつる。
「それ普通に嫌なんだけど」
その瞬間。
車掌の“顔のない部分”が、ゆっくりレインへ向く。
リングが反応した。
バチッ。
黒いノイズ。
車掌が微かに揺れる。
『……異常乗客確認』
『存在抑制処理中』
『不完全適応状態』
リシアが不安そうにレインを見る。
「大丈夫……?」
レインは壁にもたれたまま答える。
「平気だ」
だが声が少し遠い。
ミナは気づいていた。
さっきより、“レインを認識するのに意識が必要”になっている。
視線を外すと存在感が薄れる。
怖いくらい自然に。
車掌はゆっくり近づいてくる。
足音はしない。
まるで床を滑っているみたいだった。
男が警戒する。
「何をする気だ」
車掌は静かに答える。
『確認です』
次の瞬間。
車掌の白い手が、レインの首元へ伸びる。
ミナが反射的に前へ出る。
「触んな!!」
その瞬間。
車内の灯りが、一斉に消えた。
真っ暗。
リシアが息を呑む。
「っ……!」
ノイズ。
低い機械音。
そして、耳元で誰かの囁き。
『見つけた』
ミナが振り向く。
誰もいない。
なのにすぐ後ろで声がした。
冷たい汗が流れる。
「……誰」
灯りが戻る。
その瞬間。
車内に、“乗客”が増えていた。
座席に人影が座っている。
一人。
二人。
十人。
全員、微動だにしない。
そして全員――顔がない。
ミナが凍りつく。
「……いつの間に」
男の顔色が変わる。
「下向け」
「目を合わせるな」
リシアが小さく震える。
「でもいっぱい……」
セリアは低く言う。
「この列車、“途中乗車”があるのね」
車掌は静かに告げる。
『記録霧街通過中』
『未回収存在を搭載しています』
その時だった。
一番奥の座席の乗客が、“こちらを向く”。
顔はない。
だが確実にレインを見ていた。
そして、ノイズ混じりに呟く。
『……終律』
空気が止まる。
レインのリングが激しく脈打った。
バチバチッ!!
男が目を見開く。
「なんでその名前を……」
乗客が、ゆっくり立ち上がる。
車両が軋む。
周囲の顔なし乗客たちも、一斉にレインを見る。
ミナの声が震える。
「ねぇ……なんかすごい嫌な感じするんだけど」
車掌が静かに告げた。
『次区画到達まで、残り三分』
『車内ルールをお守りください』
その瞬間。
車両の壁に、赤い文字が浮かび上がる。
【ルール違反者は、降車処理を行います】




