乗車対象
宙に浮いた列車は、音を立てなかった。
車輪もない。
蒸気もない。
ただ霧の中を、“滑る”ように進んでいる。
銀色の車体は傷だらけで、ところどころ黒く変色していた。
窓は真っ黒。
中が見えない。
なのに。
“中から見られている”。
ミナが顔を青くする。
「これ絶対乗っちゃダメなやつでしょ」
男は列車を見たまま呟く。
「……来るタイミングが最悪すぎる」
背後では、区域管理個体がゆっくり迫っている。
都市そのものみたいな巨体。
無数の目。
歩くだけで街が揺れる。
逃げ場はない。
リシアが震える。
「どうするの……?」
男は苦い顔をした。
「乗るしかない」
ミナが即座に叫ぶ。
「いや意味分かんないって!!」
セリアは静かに列車を見る。
「安全ではない」
「でも今の状況よりはマシってことね」
男は頷く。
「下層横断列車は、“区域の外”を走る」
「管理個体でも簡単には干渉できない」
その瞬間。
列車の側面文字が変化する。
【乗車対象:未登録群体】
【優先対象:レイン】
空気が止まる。
ミナがレインを見る。
「……なんで名前出るの!?」
男の顔色が悪くなる。
「名前じゃない」
「“識別”されてる」
レインのリングが脈打つ。
バチッ。
黒いノイズ。
列車の窓が、一斉にこちらを向いた気がした。
リシアが小さく後退る。
「中……何人いるの……?」
ネアが静かに言う。
「人じゃないのもいる」
その時だった。
区域管理個体の無数の目が赤く染まる。
街全体が唸る。
男が叫ぶ。
「急げ!!」
列車の扉が、音もなく開く。
暗い車内。
灯りは点いている。
だが妙に古い。
そして、誰も乗っていない。
ミナが震える。
「逆に怖いんだけど!!」
男は躊躇なく飛び乗った。
「早くしろ!」
リシア、ネア、セリアも続く。
レインが最後に乗り込もうとした瞬間。
背後から、“巨大な視線”が落ちる。
区域管理個体。
街そのものの目が、完全にレインを捉えていた。
リングが激しく暴走する。
バチバチバチッ!!
レインの輪郭が崩れる。
ミナが叫ぶ。
「レイン!!」
その瞬間。
車内の奥から、“声”が響いた。
『乗車確認』
『扉を閉鎖します』
ドン!!
扉が閉まる。
直後。
列車が動き出した。
音はない。
だが加速だけが異常だった。
窓の外の景色が一瞬で流れる。
街。
霧。
顔なし住人。
そして巨大な区域管理個体。
全部が遠ざかっていく。
ミナが床へ座り込む。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
静寂。
列車の中は妙に暖かかった。
古いランプが揺れている。
長い通路。
赤い座席。
どこか昔の電車みたいな雰囲気。
でも。
窓の外には、“空間の裂け目”みたいなものが流れていた。
リシアが小さく呟く。
「ここ……ほんとに列車なの……?」
男は疲れたように壁へ寄りかかる。
「半分違う」
「これは“移送装置”だ」
ミナが顔をしかめる。
「もう普通の言葉使ってくれない?」
その時だった。
車内放送みたいなノイズが流れる。
『次停車区画――』
『記録霧街』
『乗客の皆様は、存在情報の保全にご注意ください』
ミナが固まる。
「……乗客?」
ゆっくり。
車両の奥の扉が開く。
ギィ……。
そこに、“誰か”が立っていた。
帽子を深く被った車掌。
黒い制服。
白い手袋。
そして――
顔がなかった。




