見上げる街
巨大な目は、空にあった。
いや。
“空だと思っていた場所”そのものが目になっていた。
低い天井いっぱいに赤黒い光が走り、街全体がゆっくりとこちらを見下ろしている。
ミナの喉が引きつる。
「……無理」
「ほんとに無理なんだけどここ」
記録児は、そんなミナを見て小さく笑った。
『みんな最初はそう言うよ』
その声だけは普通の子供みたいだった。
だから余計に不気味だった。
男は低く言う。
「目を合わせるな」
リシアが震える。
「でも空なんだけど!?」
セリアは静かに周囲を見ていた。
霧。
傾いた建物。
膝をついた顔なし住人たち。
そして空の目。
「……見てるわね」
ネアが小さく頷く。
「品定め」
その瞬間。
記録児がレインの前にしゃがみ込む。
『ねぇ』
『あなた、まだちゃんと“自分”ある?』
レインは無言で少女を見る。
リングが微かにノイズを吐く。
バチッ。
少女が少しだけ嬉しそうに揺れた。
『やっぱり』
『削れてる』
男が即座に間へ入る。
「離れろ」
記録児は不満そうに首を傾げた。
『ケチ』
『少し見るだけなのに』
ミナが男へ小声で聞く。
「……こいつ何なの」
男は目を離さず答える。
「下層で長く生き残った存在」
「観測に適応した人間の成れ果てだ」
リシアが青ざめる。
「適応って……」
記録児はくすっと笑う。
『適応しないと消えるからね』
その時だった。
空の巨大な目が、“完全に開く”。
同時に街全体が振動した。
ゴゴゴ……。
建物が軋む。
霧が流れる。
顔なし住人たちが、一斉に頭を下げる。
男の顔色が変わる。
「まずい」
「管理個体が近い」
ミナが叫ぶ。
「だから管理個体って何なの!?」
答えより先に、“音”が来た。
重い。
鈍い。
まるで巨大な建物が歩いているみたいな振動。
ズン。
ズン。
ズン。
霧の奥で、“街”が動いていた。
リシアが息を止める。
遠くのビル群だと思っていたものが、ゆっくり持ち上がる。
脚。
無数の脚。
電線のようなものを引きずりながら、巨大構造体が霧の中を歩いている。
ミナの声が裏返る。
「都市サイズじゃん!!」
男は低く言う。
「見るな」
「認識される」
だが遅かった。
巨大存在の無数の窓――いや、“目”のいくつかがこちらを向く。
同時に、レインのリングが暴走する。
バチバチバチッ!!
黒いノイズが首元から肩へ広がる。
レインが僅かによろめいた。
リシアが叫ぶ。
「レイン!」
その瞬間。
巨大存在の動きが止まる。
街全体が静止した。
記録児の声が小さくなる。
『……見つかった』
空気が凍る。
男は即座に叫んだ。
「走れ!!」
全員が霧の中を駆け出す。
背後で、都市サイズの存在がゆっくり向きを変える。
その動きだけで地面が揺れる。
ミナが泣きそうな声を出す。
「なんで追ってくるの!?」
男は走りながら怒鳴る。
「レインだ!!」
「存在濃度が高すぎる!!」
レインは舌打ちする。
だがリングのせいで力を出せない。
むしろ動くたびに輪郭が削れていく。
ネアが小さく呟く。
「このままだと」
「先に消える」
その瞬間。
霧の奥に、“列車”が現れた。
宙に浮いている。
銀色の車体。
窓は真っ黒。
音もなく街の上を滑っていく。
男が目を見開いた。
「……嘘だろ」
セリアが列車を見る。
「知ってるの?」
男は青ざめたまま呟く。
「下層横断列車……」
「まだ動いてたのか」
列車は、ゆっくりこちらへ近づいてくる。
停車するわけじゃない。
なのに、“待っている”ように見えた。
そして車体の側面に、赤い文字が浮かび上がる。
【乗車対象確認】




