薄れていく輪郭
静寂が部屋を満たしていた。
さっきまで外にいた掃除屋たちの気配は、ほとんど消えている。
なのに、誰も安心できなかった。
ミナがゆっくり立ち上がる。
「……元に戻れないって、どういう意味」
男はレインから目を逸らした。
「そのままだ」
「存在抑制リングは、“見えなくする”装置じゃない」
「“削る”装置なんだよ」
リシアが青ざめる。
「削るって……何を……?」
男は静かに答える。
「輪郭だ」
「記憶」
「認識」
「存在としての濃さ」
ミナが即座に叫ぶ。
「外して!!」
レインは首元に手をかける。
だが――止まる。
リングが、皮膚と一体化しかけていた。
黒いノイズみたいな線が首元に広がっている。
セリアの表情が変わる。
「……早いわね」
男が低く言う。
「普通の人間ならここまで馴染まない」
「でもこいつは存在が強すぎる」
「だから“均そう”としてる」
レインは無言でリングを引っ張る。
バチッ。
黒い火花。
だが外れない。
ミナの声が震える。
「え、ちょっと待って」
「取れないの?」
ゼノスが、一瞬だけ復旧する。
『現在……固定処理中……』
『無理な解除は存在崩壊の危険……』
ブツン。
また沈黙。
ミナが頭を抱える。
「だからなんで毎回一番嫌なとこで切れるの!?」
レインは舌打ちする。
「めんどくせぇ」
だがその声は、少しだけ薄かった。
リシアが息を呑む。
「……声」
ネアが静かに言う。
「削れてる」
部屋の空気が重くなる。
男は机に寄りかかった。
「だから言っただろ」
「外側じゃ、“強い存在”は生きづらい」
ミナはレインを見る。
さっきまで、いるだけで空気を支配していた。
でも今は違う。
そこにいるのに、“注意を向け続けないと意識から抜ける”。
ミナが小さく呟く。
「……ほんとに薄くなってる」
セリアは静かにリングを見る。
「でも完全に悪い状態じゃない」
男が怪訝そうな顔をする。
「何?」
セリアはレインを見た。
「この世界で生き残るには必要よ」
「問題は、“どこまで削れるか”」
その瞬間。
部屋のランプがチカ、と揺れる。
全員が反射的に入口を見る。
だが何もいない。
男の顔だけが険しくなった。
「……もう見つかった?」
ネアが首を振る。
「違う」
「“観測”」
その瞬間。
壁の一部に、小さな“目”が浮かぶ。
さっきの巨大なものよりずっと小さい。
だが、確かにこちらを見ている。
ミナが凍る。
「また!?」
男が即座にランプを消す。
部屋が暗闇に沈む。
「喋るな」
全員が息を止める。
小さな目が、ゆっくり部屋を見回す。
レインのところで少し止まり――
通り過ぎる。
男が小さく息を吐いた。
「……ギリギリか」
リシアが震える声で聞く。
「今の何……?」
男は暗闇の中で答える。
「低級観測機」
「掃除屋より面倒だ」
ミナが小さく言う。
「なんで……?」
男は壁を見たまま言った。
「“記録される”からだ」
「掃除屋は消すだけで済む」
「でも観測機に見つかると――」
その瞬間。
壁の奥から、ノイズ混じりの声が響く。
『未登録群体確認』
『区画外存在反応あり』
男の顔色が変わる。
「クソ……!」
セリアが目を細める。
「記録されたわね」
部屋の奥。
今まで沈黙していた古い機械たちが、一斉に起動音を鳴らし始める。
ガコン。
ガコン。
赤いランプが灯る。
そして壁のモニターに、ひとつの文字列が表示された。
【第七廃棄区画 封鎖開始】




