黒騎士
黒騎士が、一歩踏み出す。
ズシン。
それだけで地面が沈んだ。
周囲の侵食体たちがざわめくように揺れる。
まるで王の前に跪く兵士のようだった。
「……なんだ、あれ」
ガルドの声が震える。
レインも息を呑んだ。
異常だ。
今までの魔物とは、存在感そのものが違う。
空気が重い。
近くにいるだけで、本能が警告を鳴らしていた。
【高位侵食体:《黒騎士》】
【危険度:測定不能】
【現在生存率:12%】
「測定不能……?」
レインの背筋に冷たい汗が流れる。
その時。
『逃げろ』
ゼノスの声。
「え?」
『今のお前では勝てん』
初めてだった。
ゼノスが、ここまで断言したのは。
だが。
黒騎士はゆっくり大剣を持ち上げる。
その瞬間。
周囲の空気が裂けた。
「ッ!」
レインは咄嗟に剣を構える。
だが。
黒騎士は動いていなかった。
「……なに?」
セリアが眉をひそめる。
次の瞬間。
レインの背後で爆発音が響いた。
ドゴォォォォン!!
「なっ!?」
振り返る。
そこには、村の外壁が吹き飛ばされた光景があった。
誰も見えなかった。
攻撃した瞬間が。
「空間斬撃……!?」
セリアの顔色が変わる。
黒騎士は無言。
ただ、ゆっくりこちらへ歩いてくる。
その姿に、底知れない恐怖があった。
「全員下がれぇぇ!!」
ガルドが叫ぶ。
村人たちが慌てて逃げ始める。
だが侵食体たちが道を塞ぐ。
「くそっ……!」
レインは剣を握る。
逃がさない気だ。
黒騎士の目的は、自分。
なら。
「レイン、待って」
セリアが低く言う。
「真正面から戦ったら死ぬ」
「でも!」
「聞いて」
セリアは真剣な目でレインを見る。
「あれは普通の侵食体じゃない。“黒月戦争”の残骸」
「黒月戦争……?」
だが説明を聞く余裕はなかった。
黒騎士が剣を振り下ろす。
何も見えない。
なのに。
【危険予測】
レインの本能が叫ぶ。
「右だッ!!」
反射的にミナを突き飛ばす。
次の瞬間。
ズガァァァァン!!
地面が一直線に裂けた。
まるで見えない刃が通過したように。
「……ッ!」
ミナの顔が青ざめる。
あと少し遅れていたら、真っ二つだった。
黒騎士はなおも無言。
感情がない。
ただ機械のように、レインだけを見ている。
『来るぞ』
ゼノスの声。
瞬間。
黒騎士の姿が消えた。
「ッ!?」
速い。
いや。
速すぎる。
次の瞬間には、レインの目の前にいた。
漆黒の大剣が振り下ろされる。
キィィィン!!
レインは白銀の剣で受け止めた。
「がっ……!」
重い。
骨が軋む。
押し潰される。
だが。
黒騎士の兜の奥。
その暗闇の中に、一瞬だけ赤い光が見えた。
その瞬間。
レインの頭に記憶が流れ込む。
戦場。
黒い雨。
大量の死体。
そして。
一人の騎士が、世界の終わりで剣を振るっていた。
「……まさか」
レインは目を見開く。
【記憶共鳴を確認】
『気づくな』
ゼノスの声が鋭くなる。
『あれを見るな!!』
だが遅かった。
黒騎士の記憶が、一気に流れ込んでくる。
絶望。
怒り。
忠誠。
そして。
“王”への執着。
『王を守れ』
『王を救え』
『王を――』
「ぐぁぁぁッ!!」
レインは頭を押さえる。
黒騎士が止まる。
そして。
初めて、口を開いた。
『……王』
低く、壊れた声。
その瞬間。
周囲の空気が凍りついた。
セリアの瞳が揺れる。
「……嘘」
黒騎士は、大剣を下ろした。
そして。
レインへ向かって、ゆっくり膝をつく。
『見つけた』
兜の奥の赤い光が揺れる。
『我が、王』




