外側の空
空が、割れていた。
いや。
正確には、“空ではないもの”が重なっている。
ルクセリアの夜空の上に浮かぶ巨大な線。
それは傷にも、扉にも、誰かの指で引かれた境界にも見えた。
王都の人々は気づいていない。
笑い声が聞こえる。
屋台の灯りが揺れている。
なのに、空だけが静かに壊れていた。
『第一区画、観測完了』
『次層接続を開始します』
その声が落ちた瞬間。
世界が、沈んだ。
音が消える。
風が止まる。
地面の感覚が遠くなる。
ミナが反射的にレインの腕を掴む。
「……っ!?」
景色が歪む。
王都が伸びる。
空が裏返る。
そして次の瞬間――全員の視界が白に染まった。
冷たい。
最初にそれを理解したのは、リシアだった。
「……寒……」
目を開ける。
灰色の天井。
ひび割れたコンクリート。
錆びた配管。
どこかで水滴が落ちる音。
ルクセリアではない。
空すら見えない。
ミナがゆっくり起き上がる。
「ここ……どこ……?」
ネアは静かに周囲を見る。
「地下じゃない」
「でも地上でもない」
レインは壁にもたれたまま立ち上がる。
その瞬間だった。
腰の剣が、“ノイズ”を吐く。
バチッ。
黒い火花。
レインの眉がわずかに動く。
「……?」
終律剣。
今までどんな場所でも存在していた黒い剣が、まるで映像が乱れるみたいに点滅している。
ミナが青ざめた。
「ちょ、ちょっと待って」
「今の絶対おかしかったよね?」
レインは剣を抜こうとする。
だが。
抜けない。
まるで“そこに存在していない”みたいに、感覚が滑る。
レインの表情が初めて少しだけ変わった。
「……なんだこれ」
ゼノスの声が響く。
だがノイズだらけだった。
『警……告……』
『基準……不一致……』
『現在地……未定義……』
ブツン。
音が切れる。
沈黙。
ミナが固まる。
「え」
「ゼノス……?」
返事はない。
リシアが不安そうに辺りを見る。
「通信……切れた……?」
セリアの顔がわずかに険しくなる。
「違うわね」
「“繋がれない”のよ」
静寂。
その時だった。
奥の暗闇から、“足音”が聞こえる。
コツ。
コツ。
ゆっくり。
一定の速度。
ミナが反射的に後退する。
「……誰かいる」
暗闇の奥から現れたのは、一人の男だった。
灰色のコート。
深く被ったフード。
疲れ切った目。
だが、その男がレインを見るなり、表情を変える。
「おい……」
かすれた声。
「なんで“中側”の人間がここにいる?」
全員が固まる。
男はさらに一歩近づいた。
その瞬間。
レインの剣が、またノイズを走らせる。
バチッ。
男の目が細くなる。
「……その剣」
「まだ動いてるのか」
ミナが警戒しながら聞く。
「あんた、誰?」
男は少し黙ってから答えた。
「案内人だ」
「……いや、違うな」
男はゆっくり後ろを見る。
暗闇のさらに奥。
そこには、巨大な“扉”があった。
無数の鍵穴がついた、錆びた扉。
そして扉の向こうから、“何かを引きずる音”が聞こえている。
ズ……ッ。
ズ……ッ。
男は小さく舌打ちした。
「最悪だ」
「もう来てる」
リシアが震えた声で聞く。
「……何が?」
男は暗闇を見たまま答える。
「外側の掃除屋だよ」
「“観測から外れたもの”を消しに来る」
その瞬間。
扉の隙間から、“黒い指”がゆっくり伸びた。




