境界線の向こう側
世界は静かだった。
あれほど揺れていた空間も、崩れ続けていた現実も、今は嘘みたいに落ち着いている。
王都ルクセリア。
空には雲が流れ、人々は笑い、店の灯りが夜を照らしていた。
ミナは城壁の上で大きく伸びをする。
「……なんか普通だね」
セリアは隣で夜空を見上げる。
「ええ」
「だから逆に、不気味」
リシアは苦笑した。
「そんなこと言わないでよ……」
地下世界。
空の外側。
観測の森。
あれだけのものを見たあとだ。
こういう普通の景色のほうが、逆に現実感が薄い。
レインは壁にもたれながら夜を見ている。
ゼノスは静かだった。
以前のように警告を連発することもない。
まるで、“今は何も言わない方がいい”と判断しているようだった。
ミナがレインを見る。
「ねえ、レイン」
「今って平和なの?」
レインは少し考えてから答える。
「知らねぇ」
「でも静かだな」
その答えに、ミナは少しだけ笑った。
「それ、レインにしてはかなり平和寄りの感想だよ」
風が吹く。
王都の光が揺れる。
その瞬間だった。
ネアがゆっくり空を見る。
「……来る」
セリアの表情が変わる。
「ネア?」
次の瞬間。
空が“ズレた”。
割れたわけではない。
黒く染まったわけでもない。
ただ――“空ではないもの”が、一瞬だけ重なった。
リシアが息を呑む。
「今の……なに?」
誰も答えない。
だが全員が理解していた。
“向こう側”だ。
空の上に、巨大な“線”が浮かぶ。
直線ではない。
文字にも見える。
傷にも見える。
そしてそれは、一瞬だけ“こちら”を見た。
ミナが震える。
「見られた……?」
ゼノスが、初めて少しだけノイズ混じりに声を出す。
『観測域外反応検出』
『境界層接触開始』
『警告――』
その瞬間。
声が途切れる。
レインの目が細くなる。
「……なんだ今の」
セリアは空を見上げたまま、小さく言う。
「今までの全部……」
「まだ内側だったのね」
リシアが青ざめる。
「内側……?」
ネアは静かに空を見る。
その目は、初めて少しだけ緊張していた。
「“世界”だと思ってたもの」
「まだ“檻”の中」
静寂。
誰も言葉を返せない。
王都の人々は何も気づいていない。
笑い声も、灯りも、そのままだ。
なのに空だけが、違う。
空の向こうに、“何か”がいる。
レインはゆっくりと剣に手をかける。
「めんどくせぇな」
だがその声は、今までとは少し違った。
戦いの前の声ではない。
“理解できないものを前にした声”。
空の“線”が、ゆっくりと開く。
その奥に見えたのは、闇ではない。
無数の“目”。
いや――
“世界そのもののような何か”。
ミナが息を止める。
「……うそでしょ」
そして。
その向こう側から、声が落ちてくる。
『第一区画、観測完了』
『次層接続を開始します』
世界が、揺れる。
王都の光が歪む。
空が裏返る。
そしてレインは、静かに空を見上げた。
その目には恐怖はない。
ただ――
“まだ終わっていなかった”という確信だけがあった。
こうして。
“終わりを超えた世界”の物語は終わる。
だが同時に――
“境界線の外側”の物語が、始まろうとしていた。
これで第1シーズンは終わりです。ですが、第2シーズンも出す予定なので楽しみにしていてください。




