掃除屋
黒い指は、人間のものではなかった。
細すぎる。
長すぎる。
そして――関節が多い。
ギチ、と音を立てながら、錆びた扉の隙間をゆっくりなぞっている。
ミナが顔を引きつらせる。
「……無理なんだけど、あれ」
男は即座に言った。
「喋るな」
「気づかれる」
その声には、今までとは違う種類の緊張があった。
戦う前のものじゃない。
“見つかってはいけない時”の声。
レインは扉を見る。
「敵か」
男は首を振る。
「違う」
「“処理”だ」
ギギギ、と扉がわずかに開く。
暗闇の向こう。
そこには“何か”がいた。
形が定まらない。
黒い布のようにも、骨の集合にも見える。
だが一番おかしいのは――
“視線を合わせるたびに形が変わる”ことだった。
リシアが息を呑む。
「見え……ない……」
ネアが小さく言う。
「見えてる」
「でも“固定されてない”」
その瞬間。
レインが剣に手をかける。
バチッ。
またノイズ。
黒い火花が走る。
男の顔色が変わった。
「やめろ!!」
同時に。
扉の向こうの“何か”が止まる。
空気が凍る。
ミナが青ざめる。
「……今、反応した?」
男は舌打ちする。
「最悪だ……」
「お前、その剣……“向こう”から見えるのか」
レインは眉をひそめる。
「知らねぇ」
男は頭を押さえた。
「終わってる……」
「中側の武装なんて普通は外側で死ぬんだぞ……」
ズ……ッ。
ズ……ッ。
引きずる音が近づく。
扉の隙間がさらに広がる。
その奥で、“複数の腕”が床を這っていた。
ミナが震える。
「増えてない!?」
セリアは静かに言う。
「最初から複数いるわね」
「“一体に見えてただけ”」
男が低く言う。
「聞け」
「ここでは戦うな」
「音を立てるな」
「能力を使うな」
「存在を強くするな」
ミナが混乱する。
「存在を強くするって何!?」
男は焦ったように振り返る。
「外側じゃ、“強く認識されたもの”から消されるんだよ!」
静寂。
その瞬間。
レインの剣が、またバチッとノイズを走らせた。
扉の向こうの“何か”が、ゆっくりこちらを見る。
ミナの喉が鳴る。
「……見られた」
男が即座に叫ぶ。
「走れ!!」
同時に。
扉が、内側へ爆発した。
黒い腕が床を叩き潰す。
コンクリートが砕ける。
だが音がおかしい。
爆音ではない。
“音が消された破壊”。
リシアが悲鳴を呑み込む。
ネアが即座に彼女の口を塞ぐ。
「声出しちゃダメ」
レインたちは暗い通路を駆け出す。
後ろから、“掃除屋”が這ってくる。
速くない。
だが、止まらない。
ミナが息を切らす。
「なんでこんなのいるの!?」
男は前を走りながら答える。
「観測から外れたものを消すためだ!」
「お前らみたいな“本来ここにいない存在”をな!!」
その瞬間。
後方で、レインの剣が再びノイズを吐く。
掃除屋の動きが、一気に速くなる。
男の顔から血の気が引いた。
「おい……嘘だろ」
「認識レベルが上がってる……!」
セリアが低く言う。
「つまり、レインが目立つほど危険ってことね」
男は叫ぶ。
「そのレベルじゃない!」
「そいつ今、“処理対象”として固定されかけてる!!」
レインは走りながら小さく舌打ちする。
「めんどくせぇな」
その瞬間。
通路の前方の壁に、“巨大な目”が浮かんだ。
ミナが凍りつく。
「は……?」
男も止まる。
「なんでだよ……」
「もう来たのか……?」
壁の目が、ゆっくり開く。
そして全員を見たあと――
レインだけを見つめた。
同時に、どこからか声が響く。
『未登録強度反応確認』
『分類開始』
ゼノスが、一瞬だけ復旧する。
『警告』
『現在、レインの存在が“世界異物”として記録され始めています』




