第3話 召喚された人の優先度は異常らしいですよ。
かつて伝説の大召喚士アーデルベルトは、全ての召喚を通常召喚で行ったとされている。
通常召喚は「運」の要素が強いとされており、結果としてアーデルベルトは不名誉な呼ばれ方をしたわけである。
しかしアーデルベルトが生涯でたった一度だけ高等召喚を行ったことは意外と知られていない。
アーデルベルトが高等召喚で召喚したものは「ラサラグェ=オフィウクス」、神話の時代に当時の魔王を封印した最初の精霊術師である。
召喚されたラサラグェは、今の大罪王により再び元の世界に戻ったとされているが、その真相を知る者はいない。
「ここ、どこだ?」
満月の光りに照らされた石敷きの地面。ブロック塀と呼ぶにはあまりに重厚な城壁。胸の高さまでしかないという事から、ここが城の屋上であることが分かる。
そしてその屋上で拓海を見上げる二人の女性。
一人は肩ぐらいまである明るめの黒髪と同じ色の瞳。月光を反射して輝く白い肌。未成熟ながら魅力的な体のラインを持つ少女。
その見た目から拓海よりも明らかに年下の美少女である。
もう一人は赤くて長い髪と瞳、艶しい体は成熟した女性の魅力を余すことなく引き出している大人の女性。
「合格! シャンテ=ゼーベックを召喚士として認定する!」
「エリーヌ姉さん、本当ですか? ありがとうございます!」
まだ思考が追い付いていない拓海の前で、赤髪の女性が少女に向かって「合格」を言い渡し、少女はその言葉を聞いて口元を抑えながら涙をこらえている。
「あのお……」
そんな二人の世界に入っているところに拓海が水を差す。
「む? そう言えば貴様は誰だ? 召喚されたのだから名を名乗るのが礼儀であろう!」
エリーヌと呼ばれた赤髪の女性が声を上げて拓海を怒鳴りつける。
「え? いやそう言われても」
しかし、現在自分がどのような状況になっているのか、全く把握していない拓海が答えられることは一つである。
「ここってどこですか? 夢ですか?」
拓海の記憶が正しければ、自分のスマホでゲームをしていてパーティを編成しようとした瞬間、目を開けたらここにいたことになる。
握っていたスマホもいつの間にか無くなっていることを確認してから一つの結論をだす。
「どうして夢なんて見てるんだ? そんなに遅い時間じゃ無かったし、そもそも全然眠くなかったし。あ! もしかして気絶してるのか? そしたら雫が起こしてくれるはずだよな! よし起こしてくれるまで待とう!」
一気にそこまで自己完結して拓海がその場に座り込む。
「しかし変だなぁ、夢のはずなのに地面が冷たく感じる」
夢と思い込みながら地面を手で触れ、その冷たさに怪訝な表情を作る。
「おい貴様! 口がきけないのか? それとも言葉が分からないのか?」
エリーヌが拓海に近づき、指を差しながら質問する。
「いや、話せますよ! って言うか俺の夢なんだったらもう少し優しく接してくださいよ! じゃないとこっちもあなたの事消しますからね!」
「ほう……」
拓海の言葉を聞いて眉間に皺をよせながら表情から一気に温度を消し、代わりに極低温の視線を拓海に向けて続けて言う。
「面白い。これでもA級召喚士だぞ。可愛い妹が召喚したのだからと大目に見ておったが、貴様がどんな能力を有しているかは知らぬ。だが私に対する無礼はその身を持って償うが良い」
そう叫ぶと自分の懐から召喚カードを取り出し、既に自分が使用している中で一番手になじんでいるであろう良くしなる棒を顕現させて、拓海めがけて一気に振り下ろす。
振り下ろされた指示棒は空を切りながら拓海に迫る。
「俺の夢なら俺の思う通りになるよな! つまり当たったら痛そうなこいつも受け止められる!」
そう叫ぶと拓海は振り下ろされている指示棒を正面に両手を広げ、真剣白羽取りの要領で左右から掌を勢いよく打ち合わせる。
次の瞬間、拓海の視界が真っ白に染まり巨大な星が回転した。
「痛っっっっっってぇ! 何でだ? 夢なのにどうしてこんなに痛ぇんだ?」
「ふむ。どうやら貴様はまだ現実が受け入れられていないと見える」
エリーヌが拓海の胸倉を掴んで起こし、炎の灯った瞳で拓海の目を射抜く。
「は?」
エリーヌの言葉を聞いても状況が分からず、拓海が目を白黒させる。
「まずこれは夢ではない。そして貴様の思い込みによる幻覚でもない。私が叩いた痛みがその証拠だ。そして貴様がここにいる理由だが、そこにいる私の妹であるシャンテ=ゼーベックによって異世界から召喚されたからだ。ここまでは理解しろ!」
凛とした声を上げ拓海に現状を説明する。
「夢……じゃない? 召喚されたって……いや、そんなことありえないだろ?」
「ふむ、実際私も人間を召喚するところは初めて目にした。それもシャンテの才能と言うべきだろう」
エリーヌがそう言ってシャンテの方に振り返ると、シャンテが顔を赤くして俯く。
「貴様は自分の世界で物を無くしたことはないか? もちろん置き忘れという事もあるが、そのほとんどは我々が召喚したからだ」
「はぁ、そうは言われても……」
エリーヌが再び声を上げて拓海に説明をするが、未だに信じられない拓海である。
「ふむ、では証拠になるかどうか分からないが、これらの中で見覚えのあるものはないか?」
そう言うとエリーヌは召喚カードを取り出し、先ほどの指示棒と同じようにいくつかの物体を顕現させる。
「これは貴様の世界から召喚したものだ。もちろんこれが全てではないから知らないかもしれないが」
エリーヌが顕現させた物体の数は約一〇個あった。
電卓、眼鏡、腕時計、印鑑とこの世界にはなじまないものが並び、最後に拓海が目にしたもので視線が固定される。
「これは……」
拓海が目にしたものそれは
「ん、この絵か? すごく精巧に出来ている為から私のお気に入りなんだが」
「俺のだ。俺と死ぬ前の親父とお袋の、唯一残っていた写真だ」
既に他界してしまった実の両親と一緒に撮影した家族写真であった。
拓海の言葉を聞きエリーヌが驚きの表情をする。
「そうか、それは貴様の両親の……それはすまないことをした。この通りだ、許して欲しい」
エリーヌが頭を下げて拓海に謝罪する。
「ずっと探してた。何でここに? そしたら本当にここは」
すぐには信じられない。いや、信じたくないのが本心だろう。拓海の頭は突き付けられた答えを必死に否定しようとしていた。
「うむ。貴様からしたら異世界という事になる。信じるか?」
普通の人ならば今の状況で「異世界から召喚された」と言われても信じる者はいないはずである。しかし拓海に突き付けられたエリーヌの言葉は、彼に一つの残酷な現実を認めざるを得ない状況に追い込んでしまった。
「そんな、どうして? 俺は何も出来ないのに、何で? どうして? 帰してくれ。今すぐ元の世界に帰してくれ!」
現実を受け入れた拓海を混乱と絶望が襲い掛かり、頭を抱えてその場にうずくまる。
拓海に限らずこの状況ならば誰でもそうなるだろう。つい数分前とは何もかもが変化し、右も左も分からず、何の説明もされず、理不尽に呼び出されたのだ。
「落ち着け! 貴様の混乱も分からなくもないが、今はとりあえず落ち着くべきだ!」
エリーヌが声を上げて混乱している拓海を一喝する。
拓海が落ち着いたのを確認してから再びエリーヌが口を開く。
「ふむ。まずは貴様の気持ちも考えずに言った言葉を謝罪しよう。私はエリーヌ=クルーグハルト。この学園で召喚士を育成する教官をしている」
先ほどと変わらず凛とした声で自己紹介をし、次にシャンテの方に視線を移す。
「あ、はい。私はシャンテ=ゼーベック、16歳です。あなたを召喚したこの学園の生徒で、さっき召喚士になりました。それと、ごめんなさい! 私があなたを召喚してしまったから」
シャンテが自己紹介をするが、全てを言い切る前にその場で泣き崩れてしまった。
そんなシャンテの元にエリーヌが近づいて行き、優しくそっと肩を抱く姿はまさに姉妹の様であった。
「あ、いや……」
男と言うのは単純で、目の前にいる女性が涙を流してしまった場合、いくら自分が辛くてもその原因が自分にあるのではないかと無意識に思ってしまう。
そして何も言えなくなるのもまた男の特徴であろう。ましてまだ成長しきっていない10代の学生であればなおさらだ。
そんな拓海をエリーヌが見つめ
「貴様がそんな表情をする必要はない。シャンテが言おうとしたことも一理ある。有無を言わさず召喚された貴様はむしろ被害者なのかもしれないな」
エリーヌの言葉を聞き、拓海は更に無言になる。
「大丈夫だシャンテ。気にする必要はない。さて……」
自分の妹と言ったシャンテを慰めてから拓海に視線を移し
「そろそろ貴様の事を教えてもらいたい。ずっと貴様と呼ぶのも申し訳ないしな」
「あ、あぁ。俺は雨宮拓海。日本で学生をしている18歳だ。俺の中ではゲームをしていたはずだったんだが、今の話を聞くとそこのシャンテに召喚されたらしい」
拓海が自己紹介を終わらせるのを確認し、エリーヌがシャンテを立ち上がらせる。
「アマミヤ=タクミか。ではタクミと呼ばせてもらう。ニホンと言うのはタクミの住んでいた世界の事かな? それでタクミは先ほど自分の世界に帰りたいと、そう言ったな?」
「あぁ。出来ることなら今すぐにでも戻りたい」
エリーヌの言葉に今自分が置かれている状況を思い出し、考えていることをそのまま声に出して言う。
「その気持ちは分からなくもない。だが今すぐに、と言うのは残念ながら不可能だ」
「そんな! じゃあ……」
再び拓海を絶望の海に沈めようとするエリーヌの言葉に、拓海の表情が徐々に沈鬱さを増していく。
「まぁ待て。何も方法がないわけではない」
片手を前に出し、再び取り乱しそうになる拓海を制止する。
「え? 帰る方法があるんですか?」
「もちろんだ。だがそのためには少々問題がある」
「問題、ですか?」
「そうだ。そのためにもまずは、この世界について説明しなければなるまい。ここは王都アルコルの国立召喚士育成学校、サモールだ。この学校はシャンテの様に召喚士になる者を育成するのが目的だ。ここまで良いか?」
「あ、あぁ」
この世界と自分達が現在どこにいるのかを説明するエリーヌ。その説明に拓海が間抜けな声を出しながら返事をする。
「現在この世界は『大罪王』と呼ばれる7人の魔王の侵略を受け、八大陸の内、侵略を受けていないのはここ、アルコルだけとなっている。このアルコルが侵略を受けていないのは、私たち召喚士の働きによるところが大きい。もちろん他の魔法師クラスや戦士クラスの働きもあっての事ではあるが、ここまでで質問はあるかな?」
現在の世界状況についてエリーヌが説明し、質問はないかと巧みに尋ねる。
「いや、質問と言うか、その『大罪王』でしたっけ? そいつらは何者なんですか?」
拓海が何気なくした質問。大罪王とは何者なのか。至極当然の疑問であり、その言葉が出たのは当たり前の事だろう。
しかし、その質問をされたエリーヌはその身に纏っていた雰囲気を凍り付かせると表情が一気に険しくなる。
「えっと、もしかして何かまずいこと聞いた?」
その雰囲気を感じ取り、拓海がエリーヌに恐る恐る声を掛ける。隣を見るとシャンテも目を伏せ、その口を固く閉ざしているのが分かる。
「ふむ、いやこの世界の事についてタクミが知りたいのは当然のことだ。『大罪王』とは今から百年以上前、突如としてこの世界に現れた魔王の事だ。奴らは『大罪』の名を自ら冠して恐怖を我らに与えた」
淡々と大罪王について説明するエリーヌ。しかし、拓海は大罪王の全てを話していないような気がして、さらにエリーヌに問いかける。
「奴らの目的は何なんですか? 奴らを倒そうとは……」
「しないんですか?」と言おうとした拓海の喉が凍り付く。
エリーヌの眼差しが拓海の目を射抜き、拓海の身体から自由を奪い去ったのだ。
「あ、あ……奴らが、この世界を、支配している、理由は、何ですか? なぜ奴らを倒そうとしないのですか?」
しかし拓海は不自由な喉から必死に声を出し、質問の続きをする。
「……なかなか見どころのある若者だ。私の中ではかなりの殺気を纏ったと思うのだが、いや、見上げた胆力だ。さて奴らの目的だが、実のところ我らにもよくわかっていない。戦っている理由と言うのも、自分たちを守るため以外に他ならない。それと、なぜ奴らを倒さないかと言う質問に対してだが……」
エリーヌの言葉から察するに、拓海の質問は聞いてはいけない部類の質問だったのだろう。
そしてそれはこの世界では禁句であることは拓海も理解しただろう。
「答えは単純だ。奴らが強力過ぎた。それだけだ。今まで幾度となく討伐隊が編成され、大罪王に戦いを挑んだ。しかし、一兵たりとも生きて戻ってこなかったのだ。いや、正確には戻ってきた。精神を破壊され、人として生きていく事を放棄することになったが……多分だが、奴らは我々を弄んでいる。奴らがその気になれば、ここアルコルも簡単に落ちてしまうはずだからな」
エリーヌの言葉に拓海が圧倒されて言葉を失う。
「ではタクミが元の世界に戻る方法を教える。方法は一つしかない。この世界の南端に存在すると言われる『星の祭壇』に赴き、世界を渡るしかない」
エリーヌの言葉をそのまま受け取れば、この世界の南端には『星の祭壇』と呼ばれる物があり、そこに行けば元の世界に戻れるとのことである。
しかし、その話を聞いた拓海が思ったことは二つある。一つは世界の南端はどこにあるのか。もう一つは
「あの、その場所ってもしかしてとは思うんですが……」
「予想しているかもしれないが、我々が今いるアルコルは大体中心地だ。南端に行くためには『大罪王』の支配している地を通らねばならない」
エリーヌの言った言葉の最後は、拓海に再び絶望を押し付けるものであった。今まで討伐隊が何度となく編成され、その度に全滅寸前に追いやった大罪王の支配している地を通らなければならない。
それはすなわち大罪王の討伐をしなければならないと暗に示しているのと同義だからだ。
「ははは……それじゃ、やっぱりもう俺は帰れないってことか。まだ、彼女も作ったことがないのにな。いやいや、それよりもちゃんと雫に別れも言ってなかったな」
再び奈落に突き落とされた拓海が、もうすでに涙も出てこない瞳で乾いた笑い声をあげる。
「いや、そう嘆くこともない。シャンテ!」
しかし、エリーヌは嘆く拓海に力強く声を掛け、続けてシャンテを呼ぶ。
シャンテが二人の近くに歩み寄ってくるのを確認し、再びエリーヌが口を開く。
「召喚されたモノには『優先度』と呼ばれるものが設定されている」
「レアリティ?」
それは拓海自身、よく知っている言葉である。
この世界に召喚されるほんの数分前まで自分が親しんでいた言葉である。いや、正確には自分がハマッているゲームでよく使われる言葉のことである。
しかし、自分にレアリティが設定されていると聞かされ、思わず首を傾げてエリーヌの言葉を復唱する。
「うむ。先ほども言ったようにタクミはシャンテによって召喚された。召喚とは『通常召喚』と『高等召喚』に分類され、通常召喚によって召喚される場合、基本的に召喚士の『運』によって決定されると考えられ、『高等召喚』の方は召喚士の能力を反映すると言われている。一般的には高等召喚の方が能力が高く、レアリティも高い。しかしタクミは通常召喚によって召喚されたわけだが、私の知る限り、通常召喚で生物、それも人を召喚したのは伝説の大召喚士アーデルベルト以外には記憶にない。そのことから私はタクミの優先度に興味があるのだ。と言うわけでシャンテにレアリティを含め、能力値を確認してもらいたい」
エリーヌはそう言うとシャンテに目配せをし、シャンテに拓海の能力値を見る様目配せする。
「いや、と言っても俺は普通の高校生だから、そんな能力も何も無いと思うけど」
「それはやってみないとわかりませんよ。少し苦しいかもしれないですけど、ほんの一瞬ですから我慢……できますよね? 男の子ですもんね!」
何やら不気味な笑顔を作ってそう言うシャンテであるが、その言葉を聞いて普通でいられるほどの精神力を拓海は持ち合わせていない。
思わず足を後ろに退き、シャンテとの距離を獲ろうとするが
「まぁ大丈夫だ。死ぬわけじゃない。ちょっと頭が痛くなるぐらいだ」
その逃げ道を塞ぐようにエリーヌが背後に立ち、拓海を羽交い絞めする。
「あまり痛くしないでね」
諦めた様にそう呟く拓海に
「……それじゃ行きますね」
笑顔のまま召喚カードを向けるシャンテがいた。
「ぐ! あああああぁぁ」
次の瞬間、拓海の苦鳴が屋上に響く。頭を抱えながら拓海が地面を転がり、その苦しさから逃れようとする。
「がんばれ! もう少しで終わる! 深呼吸しろ!」
エリーヌの言葉を拓海の耳が僅かに捉え、言葉通りに深呼吸をしながらうずくまる。
「終わりました。えっと……え?」
拓海の能力値を読み取り、それを召喚カードに転写して数値を見たシャンテが驚愕の表情を見せる。
「ん? どうしたシャンテ」
その様子に何か感じたのか、エリーヌもシャンテの召喚カードを覗き込む。
「これは! タクミは一体何者なのだ?」
召喚カードに転写された数値を見て、エリーヌも驚嘆の声を上げる。
「は? だから言っただろ! 俺はただの学生だって! って言うか今のやべぇぞ。可愛い娘の頼みでも、もう二度とあんなこと許さねぇ!」
ようやく頭痛から回復した拓海が、頭を抑えながらシャンテの顔を見てそう怒鳴り声をあげる。
「タクミさん、あなたの優先度)……は8です。職業は『精霊術師』? です」
見なれない単語が表示された召喚カードを見て首を傾げるシャンテであった。




