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7.自制とは

 文官が去ってからも、フェリシアとセオドアはお互いを知るための会話を続けた。

 魔法剣が得意だということ。最近は強くなりすぎて、戦って訓練になる相手がレンとエレノアくらいしかいないこと。城の中でじっとしているのが好きではないということなど、いろいろなことを聞いた。


「……時折城を抜け出している?」

「ちゃんと仕事は終わらせてから抜け出してるから問題ないよ」


 そういうことではないと思うのだが。フェリシアは紅茶を飲んでいた手をぴたりと止めた。


「城の中だけじゃ窮屈なんだ。街で身分隠して、エレノアか蓮と一緒に遊ぶのが今まで唯一の息抜きだったんだよね」

「それは……」


 微笑みを崩さないセオドアの様子に、フェリシアは言葉に詰まった。

 セオドアはフェリシアの前でこそ狂っているが、本来は王太子なのだ。山のような公務に加え、やんごとない身分ゆえに自由に外出することさえままならない。少し王都に下りるだけでも厳重な警備が必要になる。たとえセオドアが護衛を必要としないほど強いとしても、制度として変えようのない事実だ。

 だがセオドアも王族である前に一人の人間であることに変わりはない。フェリシアと同い年の、まだ十代後半の若者なのだ。


「まあでも、これからはそんなに抜け出さなくてもいいかな」

「なぜですか?」

「フェリシア嬢がいるから」


 今度は別の意味で言葉に詰まった。そうだよな、この人はこういう人だ。

 にこにこと微笑みを保ったままのセオドアに、フェリシアは毒気を抜かれた。同情しかけた自分が馬鹿みたいだ。

 しかし、先ほど見たセオドアの王太子としての側面。まだ若い身でありながら、この国を支える柱の一つ。フェリシアが会いに行くだけで彼の精神が保たれるのなら、存外悪くないかもしれない。

 それに、セオドアにはまだまだ聞きたいことがある。

 かつて愛したという女性と、なぜフェリシアなのかということ。話してもらえるのかは分からない。それでも、少なくとも彼の人となりを知る必要はあるだろうから。


「まあ、定期的に会いに行くくらいなら構いませんよ」

 

 小さなため息とともに吐き出されたフェリシアの言葉が部屋に響く。

 だがセオドアは動かない。俯き、何かを考えているようだ。


「……殿下?」

 

 怪訝に思ったフェリシアが問うと、音を立ててセオドアが立ち上がる。

 俯いたまま、座るフェリシアの前へと移動するとおもむろにひざまずき、ようやく顔を上げた。その瞳は潤み、頬は上気している。


「まさかフェリシア嬢の方からプロポーズしてくれるとは思わなかった」

「違いますけど」


 即座に否定するも、セオドアには届かない。フェリシアの手を取って、両手で包み込んだ。


「城に部屋を用意しよう。今すぐ。ご家族にも連絡を——」

「するな馬鹿」


 バンっと大きな音を立てて扉が開かれ、早足でレンが部屋へと入ってきた。長剣を片手に持った彼は息切れし、服はところどころ焼け焦げ、エレノアと一体どんな戦いをしてきのか聞きたくなる有様だったがそれはひとまず置いておく。少なくとも、今この場においてはフェリシアにとって救世主であることに変わりはないので。


「フェリシアさん、何をどうしたらこうなったんですか」

「定期的に会いに行くくらいなら構わない、と言ったらこうなりました。殿下相手なんですからもっと言葉を選ぶべきでしたね」

「いや、悪いのセオドアなんで。気にしないでください」


 怒りからか口元をひくつかせながらレンが容赦なく後ろからセオドアの襟を掴み、強制的にフェリシアから距離を取らせる。


「ねえ蓮、フェリシア嬢と会話してるのずるくない?」

「反応するべきなのそこじゃねえよ。お前はナチュラルにすべてをフェリシアさんと結びつけて考えるのをやめろ」


 レンの長剣を握る手に力が入って震えている。友人とはいえ、従者というわけでも城に仕える人間でもないのにエレノアとセオドアという二大問題児の面倒を見なければならない彼の心労は推し量るまでもなかった。


「殿下」

「どうしたの、フェリシア嬢?」


 静かに声をかけると、セオドアはレンに引きずられているなど思わせないような完璧な微笑みと声色で答えた。


「レン様にご迷惑をかけないように努力なさってください」

「何のことかな。迷惑をかけたことなんて、一度も」

「かけてますよね、今」

「……」

「お前、俺だけじゃなくてフェリシアさんにも迷惑かけてるからな」


 とどめだった。フェリシアに迷惑をかけるのはセオドアとて本意ではないらしい。ゆっくりとうなだれて口を開いた。


「すみませんでした」

「よろしい」


 パッとセオドアの襟を掴んでいたレンの手が離された。解放されたセオドアは立ち上がって服を整える。


「あ、そうだセオドア。エレノアが三発大規模攻撃魔法使ったから城の屋根が一部吹き飛んだ」

「よくその程度の怪我で済んだね。エレノアはどこいったの」

「転移で逃げられた。でも報復にお前を盗撮してた記録用水晶一個壊してきたから、たぶん怒って帰ってくる」

「あと五個くらい壊してもよかったのに」


 突っ込みどころしかない。この三人はいつもこんなんなのだろうか。セオドアとレンの会話を聞きながらフェリシアは内心で頭を抱えた。定期的に会いに行ってもいいと言ってしまったが、毎回巻き込まれるとなると気が重い。

 だがフェリシアの疲れを読み取ったのか、セオドアが優しく声をかける。


「そろそろ日も暮れてきたし、帰ろうか。蓮」

「おう、馬車出させてくる」


 レンは変なことすんなよ、と言い残して先に部屋を出ていった。

 窓から差し込む光は橙色に変化している。思っていたよりも長い時間セオドアと話していたようだ。

 フェリシアは差し出された手を取ると立ち上がり、セオドアについて部屋を出る。


「殿下自ら私を帰らせるという判断ができたということがもはや奇跡に思えてきました」

「本当は帰らせたくないけど、これ以上一緒にいたらいよいよ自制できなさそうだから」

「自制してたんですか? あれで?」


 呆れかえりながら廊下を進んでいく。セオドアとレンによる言い争いがない分、行きよりは静かで落ち着いていた。

 正門前へ着くとすでに馬車が待機しており、隣にレンも立っていた。帰りもレンが送ってくれるようだ。


「またね、フェリシア嬢。来週あたりまた招待するよ」

「はい、また。お刺身、楽しみにしてますね」


 馬車へ乗り込んで、手が離される直前。ほんの少しだけ手を引かれて——手の甲へ柔らかな感触が降ってきた。ごく自然に口づけを落としてきたセオドアは柔らかく微笑んで手を離す。


「それじゃあ、気を付けてね。頼んだよ、蓮」


 フェリシアが反応する間もなく、馬車の扉は即座に閉められた。窓の外ではセオドアが手を振って見送っている。

 固まってしまったフェリシアと、駄目だあいつはと遠い目をしているレンをよそに、馬車は走り出す。帰りもまた豪奢な内装で、だが室内の雰囲気は決して上品と言えるものではなかった。

 

***

 

「レンのやつどこ行った⁉ 私のコレクション壊されたんだけど⁉」

「あ、エレノアいいところに。城の修理終わったら、ちょっと東に行って刺身買ってきて」

「は? 今それどころじゃ——」

「次のデート用」

「任せな。特上買ってくるよ」

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