10.保存用、鑑賞用、予備で計三つあるよ!
三日後。
フェリシアは王城へと向かう馬車の中にいた。
前回と同じく、王族が使う最高級の馬車である。ただし、今回はレンの姿はない。国の南へと仕事に行ったそうだ。
城からの正式な使いとして座るのは初老の侍従である。必要以上に話しかけてくることもなく、非常に静かであった。
なお、手紙に書いてあったのだが、迎えが戦闘力に優れるレンではなく、侍従となった関係で馬車に改造を施したらしい。エレノアと共同で防御術式を組み込んだとのことだ。意識してみればうっすらと魔力を感じる。
外には馬に乗る護衛の騎士もいるというのに、そこまでやる必要があるのかと思ったが、事後報告だったので止めることもできなかった。
とはいえ、ここまでは非常に平和である。
エレノアに誘拐されることはなく、ラブレター六通を渡されることもなく、レンの服が焼け焦げているわけでもない。
これが本来の王太子からの招待というものだろう。感動してしまっている自分がいるのが恐ろしい。
フェリシアはほっと息を吐いて、窓に映る己の姿を見る。
髪を半分だけ編んで後ろに流し、髪留めで止めている。セオドアからもらった、繊細な銀細工に澄んだ青い宝石があしらわれている髪留めだ。
ドレスもこの髪留めが映えるように、藍白のシンプルなものにした。
「……」
改めて見ると少し気恥ずかしい。
特段深い意味はない。一切ない。
エレノアから言われたのもあるし、単純に自分が気に入ったから着けているだけだ。
だが、セオドアがどんな反応をするのか、ほんの少しだけ気になっている自分もいた。とはいえ大体想像は付くが。
やがて馬車が王城へと到着した。
「フェリシア様。到着いたしました」
「ありがとうございます」
扉が開かれ、先に侍従が降りる。差し出された手を借りてフェリシアも馬車を降りると、前回と同じ場所でセオドアが待っていた。
「フェリシア嬢」
ぱっと花が咲くように笑い、フェリシアへと手を差し出す。ここまでも前回と同じである。
だが次の瞬間、セオドアは固まった。
「殿下?」
返事はない。
漆黒の瞳の行く先は追うまでもなかった。髪留めである。
「……フェリシア嬢」
「はい」
セオドアは片手を顔を覆うと天を仰いだ。
「俺はもう駄目かもしれない」
ようやく声が出た。しかし声は震えている。普段の滑らかな話し方は見る影もなかった。
「大袈裟ですよ。いただいたものの中から気に入ったものを着けてきただけです」
「……きにいった」
「はい。とても」
セオドアがまた黙った。
一瞬、似合わなかった? と疑念がよぎったが、そんなはずがない。この男のことだ。恐らく嬉しすぎて思考が停止しているだけだ。
「殿下、そろそろ戻ってきてください」
一歩フェリシアが歩み寄る。
それに合わせてセオドアは一歩下がった。
「待って。本当に待って」
相変わらず顔を隠したまま必死に主張している。ただし隠しきれていない真っ赤な耳はよく見えた。
「フェリシア嬢。やっぱり今すぐ結婚しない?」
「しませんけど」
あまりにもブレない。どんな状態でもセオドアはセオドアであった。
「似合うと思って選んだんだ、それ」
「ああ、すべて殿下の選定だと聞いています」
「うん。黄金よりも君の髪には銀の方がよく映える。蒼玉もフェリシア嬢の瞳には劣るけど、よく澄んだ色のものを探してもらって。それで職人から上がってきた候補を——」
少しずついつもの調子に戻ってきた。
だが語られる内容は聞き流せるものではなく、フェリシアは目を見開く。
「職人に作らせたんですか?」
「全部ではないよ。既製品もある」
「……割合は」
「既製品七割、職人に作らせたのが二割ちょっと、自作が数個」
フェリシアは言葉に詰まった。
「……自作」
「魔法具はね。エレノアに手伝ってもらいながら作ったから、効果は保証するよ」
「……」
すっかり調子を取り戻して人好きのする微笑みを浮かべるセオドアとは対照的に、今度はフェリシアが天を仰ぐ番であった。
職人に作らせたというだけでも驚いたのに、想像を上回ってきた。今日は刺身を食べに来たはずなのにおかしい。刺身までありつけそうもない。
「殿下は加減という言葉をご存じですか?」
「善処はしてるよ」
「どこがですか」
思わずため息が漏れた。
「でも本当によく似合ってる。作らせたかいがあったよ」
セオドアの手が髪留めへと伸びる。長身から落とされる視線はひどく優しかった。
ただ高価だから、綺麗だったから選ばれたのではない。フェリシアに似合うと思って作らせたものだ。それを知ると、触れたセオドアの手の感覚分だけ、髪留めの重さが変わった気がする。
「加減をしてほしい気持ちは変わりませんが」
フェリシアは小さく口を開いた。
「これはとても気に入っています。なので……その、ありがとうございます」
再びセオドアが停止する。
その時だった。物陰で魔力が弾ける気配がした。恥ずかしさを誤魔化すように、視線だけ軽く向けてみる。
柱の陰から、艶のある美しい銀髪が飛び出していた。
「……エレノア様」
「あ、やば。バレた」
エレノアは急いで柱の裏へと隠れる。
「……フェリシア嬢」
復活したセオドアが良い笑顔を浮かべていた。しかし、目は笑っていない。
「ちょっとここで待っていてもらってもいいかな」
「え? はい、分かりました」
言うが否や、セオドアは返事を聞く前に走り出していた。帯剣していなかったのに、どこから取り出したのか鏡のような長剣をその手に持っている。
「その記録を消せエレノア!」
「あはは、絶対やだ」
エレノアは柱の陰を飛び出して宙を翔けている。その片手には水晶が乗っていた。記録用水晶だろうか。
「……まさか」
愉し気に笑うエレノアと、完全にキレているセオドアは誰も追いつけないような凄まじい速さの追いかけっこを繰り広げている。
違うと思いたいが、先ほど感じた魔力は、フェリシアとセオドアの二人を記録するためのものだったのだろうか。それならセオドアが怒るのも頷ける。
一人ぽつんと取り残されたフェリシアは、思わず顔を覆ってしゃがみこんだ。
セオドアが髪留めに触れて、フェリシアが礼を言った場面を記録されたのだとしたら、しばらくは羞恥で生きていけそうにない。
この後、二人にどんな顔をして会えばいいというのだろう。今日はもう帰ってしまおうか。
やはり、刺身までありつける気がしなかった。




