↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瑠璃骨  作者: 月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/7

第6話 夜

藍璃が目を覚ましたのは、喉が渇いたからだった。


隣の部屋の水桶は、空だった。廊下を抜けて、中庭の隅にある水場まで行く必要がある。藍璃は、足音を殺して、引き戸を開けた。


夜だった。月が、薄い。中庭の石畳が、青白く光っていた。


水場に近づいたとき、藍璃は、足を止めた。


中庭の奥、平屋の引き戸の前に、人影があった。


徹だった。


徹は、引き戸の前に立っていた。だが、立っている、というより、立とうとしている、に近い。背筋が、いつものように伸びていなかった。肩が、わずかに、前に出ていた。


藍璃は、足を止めたまま、徹を見ていた。


徹が、こちらに気づいた。


目が、合った。


徹の目が、一瞬だけ、何かを言った。それから、目を逸らした。


藍璃は、水場に行けなかった。


「……徹、師兄」


徹は、答えなかった。引き戸に手をかけた。開けようとした。手が、止まった。


藍璃は、徹の手を見ていた。


手のひらが、赤かった。打撲ではなかった。


徹が、手を、袖の中に隠した。


藍璃は、徹の足を見た。太腿が、まだ、何かを耐えた後の震え方をしていた。膝が、完全に伸びきっていなかった。


「……どこに、行っていたの」


藍璃は、聞いた。声が、思ったより小さかった。


徹は、引き戸に手をかけたまま、藍璃を見ていた。五呼吸。


「用事」


徹が、引き戸を開けようとした。


「師兄」


徹が、止まった。


藍璃は、徹の手を見ていた。袖の中に隠された、赤い手のひらを、見ていた。


「……それは、何」


徹は、藍璃を見た。


沈黙が、落ちた。


夜風が、中庭の石畳を、撫でた。


「実験」


徹が、言った。


「……実験?」


「身体を、調べる」


「誰が」


「門派の」


沈黙。



「……なんで」


藍璃は、聞いた。



「親の仇を、討ってもらう代わりに、身体を売った」


徹が、言った。声が、変わらなかった。


藍璃は、息を、止めた。


「……売った?」


「売った」


徹が、繰り返した。


「実験に耐えられる体になるために、ここにいる」


藍璃は、徹を見ていた。徹は、引き戸に手をかけたまま、藍璃を見ていた。


藍璃の唇が、震えた。


「……柔師父は」


藍璃は、聞いた。声が、掠れた。


「知ってるの」


徹が、鼻を鳴らした。


「知ってるに決まってる」


藍璃は、徹を見ていた。


徹の目が、藍璃を見ていた。何も言っていない目。何も感じていない目。


だが、声が、少しだけ、低くなった。


「柔師父は、俺が壊れないように鍛えてる。それだけだ」


藍璃は、自分の手が、震えていることに気づいた。指先が、冷たかった。胸の奥が、熱かった。


「……あんまりだわ」


藍璃は、言った。声が、震えていた。


「あんまりだわ、そんなの」


徹が、藍璃を見た。


徹の目が、変わった。


何も言っていない目では、なくなった。


「君に、関係ない」


徹が、言った。


藍璃は、徹を見ていた。


「関係ない」


徹が、繰り返した。


「君は、自分の修行だけやってろ」


徹が、引き戸を開けた。


「......徹」


徹が、止まった。


「徹師兄、だ」


徹は、振り返らなかった。


「憐むな」


徹が、言った。声が、低かった。


「必要ない」


徹が、引き戸を、閉めた。


藍璃は、中庭に、立っていた。


月が、薄かった。石畳が、青白く光っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。