第八十一話 公然の秘密
春。
フィデール領に向かうために、乗合い馬車で王都に向かい、スナイデル邸に立ち寄ると、ヴィンセントとアナベル、ルーセントとルシェリが出迎えてくれた。スナイデル邸の子供達は今年の夏で五歳になる。顔付きが以前よりもお兄さん、お姉さんになっていた。
「おひさしぶりです。おじうえ、おばうえ」
「おひさしぶりでございます。おじさま、おばさま」
以前よりもしっかりとした口調で挨拶をしてくれた。
「りんごのコンポートをありがとうございました。とてもおいしかったです」
嬉しそうに、空っぽの瓶を見せてくれた。
「お久し振りです。ルーセント、ルシェリ。全部食べてくれたの?嬉しいわ」
ルーセントとルシェリはレグルスの手を引いて庭へと下りて行き、早速走り回って遊んでいる。この年頃の子供達は疲れることがないのか、ずっと走り回っている。きゃあきゃあと楽しそうな声を聞けば、自然と頬が緩むものだ。公爵家の子供達だが、今はまだのびのびと、自然体で育てているのだろう。
ヴィンセントにはアルメニア国王の裁可が下ったが、気象観測所での勤務は変わらず続けているそうだ。ヴィンセントの風魔法は天候を読む力に長けている。貴重な魔法だ。
国王陛下と宰相など上層部の判断として、アリシアの死が偽りであったとはされなかった。神託を違えたとなれば、多くの国民に不安を抱かせ混乱を招く恐れがあるためと、正しく記された名がリーシュ・ザドキエルであったためだ。神託自体は申請すれば誰でも閲覧可能だが、一見すると同じ人物を記したようには読めない。詳細を知らない者には別の神託であるように読めるだろう。但し、代々王家で編纂されているアルメニア王国の国史には、マリアンネ王女とスナイデル公爵兄弟の結婚から、王女が男児の双子を出産しその弟を隠したこと、アリシアの死の偽装、王女とその息子ヴィンセントに下された罰などの詳細が記された。この国史は、将来的には公開されることになるだろう。
王宮の左の塔に、時折スナイデル公爵が赴いている…留め置かれているのは夫人であるマリアンネ王女ではないかと、密かに噂されている。人の口に戸は立てられない。だが、ヴィンセントやスナイデル公爵に直接真相を確かめようとする者はいない。王女の罪を公表することは、王家の者が神託を蔑ろにしたことを公表することでもあるため伏せられた。噂はしばらくすれば消えてしまうだろう。高貴な立場の人物に仕える者達は、その私生活に深く立ち入ることはなく、見聞きしたことを大っぴらに吹聴することもない。それが王宮だ。
それは、スナイデル邸でも同じだった。マリアンネとジャスティーヌ、セドリックが屋敷を出て行き領地に移ったわけでもなく、出奔したアリシアが訪れ、隠されていたリヒトが現れ、レグルスの父がヴィンセントではなくリヒトであること。何かあったことは明白だ。だが、それを問いただそうとする者はいない。
アリシアは離れの侍女達とケーキを焼いている。厨房に甘い香りが漂う。
「レグルス様はアリシア様によく似ておいでですね」
「そう?自分ではよく分からないの」
「くりくりしたお目々の、なんと可愛らしいこと」
「スナイデル家のお子様は皆様どことなく似ていますね」
「従兄弟だし、父親が双子だから余計に似ちゃうのかもね」
ルーセントとレグルスは父親違いの兄弟、ルーセントとルシェリは母親違いの兄妹だ。似ているのも道理である。
生クリームやメレンゲの泡立ては風の魔力を持っているルリが頑張ってくれた。空気を含ませながらふわふわのメレンゲとクリームを作ってくれた。風の魔力が泡立てに役立ってくれるなら、今後はリヒトとレグルスにも手伝ってもらえる。ルリのように繊細に出来るかは分からないが、頑張ってもらおう。
しっとりふわふわに焼き上がったシフォンケーキを冷やし、人数分に切り分けたら生クリームと果物を盛り付ける。素朴なシフォンケーキだが、盛り付けのおかげで豪華に見える。離れの侍女達はキラキラとした目でテーブルをセッティングした。
「シフォンをお裾分けしてくるから、お茶を淹れておいてくれる?」
「かしこまりました」
子供達は果物とクリームがたっぷりのケーキを見て歓声をあげた。アナベルも甘いものが好きなのだろう。嬉しそうにしている。
「ちゃんと手を洗ってから頂きましょうね」
「はぁい!」
アリシアは子供達をアナベルと父親達に任せて、離れに戻った。今日は離れの侍女達とのお茶会なのだ。
離れの庭は色とりどりの春の草花が咲き誇り、暖かな日差しが心地良い。時折冷たさの残る風が吹いている。久し振りのお茶会はそれぞれの近況報告など話が弾んだ。離れの衛兵と恋仲のオルガは、この夏に結婚するという。羨ましそうな三人の侍女達にも良い縁談がないものかと、アリシアはすっかり女主人の顔に戻り、知り合いの令息の顔を思い浮かべるのだった。




