第八十話 求婚
大きなおじいちゃんにすっかり慣れたレグルスは、ガルヴァロス公の膝の上で眠ってしまった。慣れてしまえば、おっきなおじいちゃまとねんねするのと言って離れず、アリシアは少し困っていたが、いつもの寝る時間を過ぎてしばらくすると静かになり、すぅすぅと可愛い寝息をたてていた。アリシアはレグルスを受け取り、クッションの上に寝かせてブランケットを掛けた。
玄関を少し開けて外を見ると、真っ白な雪が街灯の灯りを反射して少し明るい。
「あんまり積もってないみたい」
「そろそろ帰るか」
「おじいさまはアシュベルの家に?」
「そんな野暮な真似はせんよ。宿をとっておる」
乗合い馬車の停留所辺りには宿がいくつかある。そこに馬も預けているという。飲み足りなさそうなガルヴァロス公に、まだ開けていない東洋の酒を手土産として渡す。
「今日はお会い出来て嬉しかったです」
「元気そうな顔が見れて良かったぞ」
また春になったら会いましょうと約束し、三人を見送った。途端に室内は静かになり、先程までの賑やかさが恋しく思える。雪の夜特有の静けさに暖炉の薪がパチパチと焼ける音が響いた。
簡単に後片付けをし、気持ち良さそうに寝ているレグルスが起きないよう部屋の明かりを消し、暖炉の火の揺らめきを前にリヒトと二人夫婦の時間を過ごす。
「おじいさまと寝るって言うからちょっと困ったけど、あの後すぐ寝てくれて良かったわ。歯磨きをしていないから心配だけど」
「…レグルスはお年寄りが好きなのかな。父上にもよく懐いていたな」
「お義父様はお年寄りというほどお年を召していないけれど、すぐ馴染んでいたよね。ザドキエル先生にも!神殿に礼拝に来られる方も年配の方が多いから、馴染みがあるのかも」
「変な人について行かないように言い聞かせないと、心配だな」
「…そうね」
そういえば、隠密の魔法の中に追跡の魔法があった。持ち物に指で魔法陣を描いて持たせると、その持ち主の足跡を追うことが出来る魔法だ。
「俺の風魔法は魔力を探ることが出来るから、ある程度の範囲は居場所を特定することが出来るけど」
「え、そうなんだ?凄いね。それなら安心」
リヒトの風魔法と、追跡の魔法があれば腕白なレグルスが今後行動範囲を広げたとしても見失うことはなさそうだ。子供は時に思いもよらない行動をするものだ。レグルスだけの話ではない。隠密の魔法を知られるわけにはいかないが、子供達の安全のために追跡の魔法を活用出来ないものだろうか。
「アシュベルとルーシィも、きっとうまくいくわね。良かったわ」
大好きな幼馴染には幸せになってもらいたい。お互いに想い合っていたことは、長く一緒に過ごして来て感じるものがあった。神託が降り、初恋が叶わないと知った時、貴族院卒業の別れの日…あの時の胸の痛みは癒え、切なくも優しい思い出になっている。きっと、アシュベルも同じだろう。
「ガルヴァロス公は情に厚い方なんだな」
「ね、優しいおじいちゃんだったでしょ」
「ああ」
火から降ろしていたホットワインを温め直し、陶器の器に注ぐと湯気とともにスパイスの香りがふわりと広がった。
「雪が止んだら、一緒に買い物に行かないか?」
「うん」
「…日用品じゃなくて…その、揃いでなにか持たないか?」
「え?」
「いや…その、アシュベル様とルーシィが、揃いの指輪をしているだろ?俺達もそういうのを持っても良いんじゃないかと…」
照れ臭そうに少し目を逸らすリヒトが、なんだか可愛い。アリシアは頬が緩んだ。
「…嬉しい!ありがとう。楽しみにしとくね!」
「…あの二人を見て思ったんだ…早くちゃんと結婚したい。今さらだけど、アリシア…俺と結婚してくれるか?」
「ええ、もちろん。ちゃんと口にしてくれて嬉しい。あなたと出会えて、本当に良かったと思ってる」
「…あんな出会いでもか?」
「そうよ。それがなければ出会えなかったんだもの」
アリシアを見つめるリヒトの目に熱が宿る。ふわりとほのかな花の香りが広がれば、それは了承の合図だ。
暖炉の灯りが、寄り添う二人の影を優しく床に落としていた。




