第七十九話 暖炉の前で
「うわぁ〜きょうごちそうだねぇ」
リヒトが温かいスープを作り、魚を香草と共に焼いてくれていたので、アリシアは香辛料をきかせた肉を串に刺して焼き、軽くつまめる酒のあてを数種類と、パンに野菜とハム、チーズを挟み小さめのサンドイッチをこしらえた。なんだか味の濃いものばかりだ。これは酒が進みそうである。
「おにくもおかさなもあるねぇ」
レグルスは食卓に並ぶ料理を見て大喜びだ。
「いっぱい食べろよ、レグルス」
「うん、おなかすいた」
「今日は寒いから甘めのホットワインも作っておこうかなぁ」
「ホットワインか、良いな」
赤と白どっちにしようかなぁ、今日は赤かなぁ、と言いながらアリシアは戸棚からスパイスをいくつか取り出し、林檎も一緒に鍋に入れ火にかけた。
暖炉の火と竈の火で部屋は暖かい。窓は真っ白に曇っていて、外の様子が見えないほどだ。窓を指で拭うとかなり暗くなっていた。
「もうすぐ帰って来るかしら。騎馬で向かっていたから乗合い馬車よりは速いと思うけれど」
アリシアはカーテンを閉め、寒さが少しでも和らぐよう雨戸を閉めることにした。内側から閉めると部屋が冷えるので外に出ようとすると、リヒトが俺が行くと言って代わってくれた。ガタガタと雨戸を閉める音と共に話し声が聞こえる。三人が帰って来たのだろう。
バサバサと、外套についた雪を払うような音が聞こえて玄関の扉が開いた。
「邪魔するぞ」
一番に入って来たのはガルヴァロス公だ。初めて会う大きなおじいちゃんを前に固まるレグルス。
「この子がレグルスだな!アリシアの小さな頃にそっくりじゃないか」
されるがまま、ガシガシと頭を撫でられているがぴくりとも動かない。
「おかえりなさい。寒かったでしょう。外套を乾かしますから預かります。暖炉の前にどうぞ」
「おお、助かる」
「お邪魔します」
「ルーシィお疲れ様」
大きなおじいちゃんに隠れて見えなかったおねえちゃんを見付けたレグルスは、ルーシィに抱きついた。雨戸を閉め終わったリヒトとアシュベルを暖炉の前に通し、まずは温かいお茶で体を温めてもらう。
「食卓も良いけれど、今日は暖炉の前でご飯にしても良いかもね」
「それ良いな」
高位貴族であっても野営に慣れている二人だ。床に座ることに抵抗はなく、すんなりと受け入れてくれた。室内履きを脱いでもらい、暖炉の前に毛織物を敷きクッションを並べる。食卓の足を短く折り畳み、座卓にして料理を並べた。いつもと違う団欒に、大きなおじいちゃんに緊張していたレグルスもわくわくとした様子で目を輝かせていた。
ガルヴァロス公の前には家で一番大きなグラスが置かれた。酒屋に駆け込んで買った少し良さげな酒と、珍しい東洋の酒を並べる。
「これは東洋の酒か?」
「酒屋さんがお勧めしてくれたんです。寒い日には温めて飲むことも出来るって聞いて」
「ほう、ホットワインとは違うのか」
「スパイスは入れずに温めるそうです。燗をつけると言うそうですよ。そのままでも、冷やしても良いそうです」
「珍しいな。まずはそのまま飲んでみるか」
「この小さな器で飲むそうです」
そう言って、一緒に買ったお猪口を出すと、ガルヴァロス公は親指と人差し指で摘んでじっと見つめた。
「これはレグルス用か?」
「ゆっくり飲む酒なんじゃねぇの?」
「綺麗な器だな」
「せっかく用意してくれたからな。これで飲もう」
揃いで買った片口に東洋の酒を移し、お猪口に注ぐと、キリッとした酒の香りが広がった。皆に飲み物が渡ると、ささやかな宴が始まった。お腹が空いても我慢していたレグルスは、嬉しそうだ。
「おとうちゃのおかさな、おいしいよ」
リヒトが焼いた魚を美味しそうに食べている。リヒトも嬉しそうだ。家事を覚えている最中だが、レグルスを喜ばせるために料理も頑張ってくれそうである。
「ほう、香りも良いが味も良いな。すっきりして、辛口の酒だな」
「次は温めてみましょ」
燗をつけるための酒器も勧められたのだが、流石に荷物が多過ぎるので購入はしなかった。ティーポットで代用出来そうだったからだ。ちぐはぐだが、自宅なのでまぁ良いだろう。ティーポットを湯煎にかけて人肌程度に温めた。
「アリシアは今後もオーグスに住むのか?」
「迷っています。仕事も楽しいし、レグルスはこの町で生まれ育って友達もいるので…春にフィデール領に里帰りする予定なので、ゆっくり考えます」
「二人はもう結婚しているのか?」
「公的にはまだです。アリシアのご両親にご挨拶をしてお許しを頂きたいと思っています」
「まぁ、神託が降りているとはいえ、それが良かろうな。で、うちのアシュベルはいつルーシィを連れて帰るつもりなんだ?」
「ルーシィが学校を卒業したら、家族に会ってもらうつもりだけど」
「ふむ。儂はルーシィが平民でも一向に構わんが、今日の剣舞の稽古を見て、貴族籍を得て箔を付けるべきだと思ったぞ」
「え?」
「そこでだ、東の前辺境伯は儂の古くからの友人でな。その家臣の伯爵に、養女を取らないかと話を通しておる」
「あた…私を養女に?」
「男所帯でな、娘が欲しいと望んでいたが叶わなかったそうだ。稽古を始めたばかりであれだけの見事な剣舞を舞ったのだ。セレスティアナ神の加護を得られるとなれば、喜んで養女に迎えるだろう。どうだ、アシュベル、ルーシィ」
祖父が、父よりも先にルーシィに会ってみたいと言った理由は、これだったのか。厳しいが、いつも寄り添ってくれる祖父。アシュベルは祖父の愛を感じ目が潤んだ。
「ありがたいお話だと思うわ!お受けするべきよ!」
アリシアは不安そうなルーシィの背中を押し、目を潤ませるアシュベルの背中を叩いた。
「ありがとう、じぃさま。よろしくお願いします」
「ありがとうございます」
二人が頭を下げると、ガルヴァロス公は任せておけと大きく頷き、お猪口の酒をぐいっと飲み干した。




