第七十七話 蟒蛇の襲来②
アリシアが勤める薬茶店に、あからさまに場違いな二人が訪れたのはこの冬で最も寒い日だった。元々雪はあまり降らないオーグスでも、屋根や木々は真っ白に染まり、足元にもくるぶしほどの高さまで雪が積もっていた。往来は少なく、薬茶店も早く閉めようかと店主が話していたところ、カランカランと来客を告げるベルの音がして店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
出迎えたアリシアの目の前がふっと暗くなり、見上げると長身の騎士が二人雪を被っていた。さっと手で雪を払い頭巾を下ろせば見慣れた幼馴染の顔だった。それと…さらに大きな影が後ろに…
「…ガルヴァロス公?」
重そうな戦斧が外套の内側からチラッと見える。ここは魔獣の出にくい町なので、一応隠して来たのだろうが、もう立ち姿がすでに怖い。けれど大好きな親友の祖父だった。
「おお、久しいな!リーシュ!」
そう言ってアリシアを折れんばかりに抱き締めた。
「…ぐぇ」
腹の底から出た声は押し潰された蛙の断末魔のようだ。
「…じぃさま、リーシュが潰れる」
アシュベルが割って入るとやっと息が出来た。二人はアリシアをリーシュと呼んでいる。アシュベルが話をしてくれているのだろう。
アリシアが仕事中なこともあり、簡単な挨拶を済ませて商品の説明をしていると、店主が手招きをしているのが見えた。何気なく場を離れ店主の側へ寄ると、小さな声で、
「知り合い?」
と尋ねられた。二人ともどう見ても貴族で、しかも屈強な騎士だ。小柄で愛らしいリーシュとの繋がりが見えず不安なのだろう。
「以前住んでいた町でお世話になったことがあるんです。見た目はアレですけど、良い人達ですよ」
「今日は雪も深いし店を閉めるから、早めにレグルスを迎えに行ってゆっくり話でもしたらどうだい」
「分かりました。ありがとうございます」
三人揃って店を出る。通りは雪のおかげで人通りもないため、目立たずに済んだ。晴れた日なら人々の注目を浴びることになっていただろう。
「今日はどうしたの?」
「いや、今日は日曜日だから学校は休みだろ?でもルーシィがいなくてさ」
「ああ、今日ルーシィは隣町に行ってるはずよ」
「隣町?」
「うん。隣町の神殿で剣舞のお稽古をしてるのよ」
「ほう、剣舞とは!アッシュ、観に行くぞ」
「えっ」
「この雪じゃ、この辺りの乗合い馬車は止まってしまうかも知れんぞ。迎えに行くぞ」
「それ、私もちょっと心配だったんです。北じゃ何でもない雪ですけど、この辺じゃ大雪だから…おじいさま、お願い出来ますか?」
「任せておけ」
なるほどとアシュベルは頷き、迎えに行ったら帰りにアリシアの自宅に寄ると告げた。今日はリヒトが料理を作ってくれる約束だが、三人増えるとなると足りないだろう。それにアシュベルの祖父ガルヴァロス公は酒豪だ。
「…お酒も足りないわ」
二人と別れた後、アリシアはくるりと踵を返し、今日は早めにのれんを下ろそうかと外を眺めている酒屋に駆け込んだ。
「とうちゃ、ただまぁ〜。ゆきすごいよぉ」
「おかえり。なんだ、すごい荷物だな。重かっただろう。どうしたんだ?」
雪を被ったレグルスの頭を拭いてやり、アリシアが両手に下げた買い物袋を受け取りながらリヒトが尋ねた。
「それがね、お店にアッシュと、アッシュのおじいさまが来てね」
「アシュベル様の御祖父殿?」
「ルーシィを迎えに行ってから、うちに来るって言うから。リヒトがせっかくお料理作ってくれてると思うんだけど、足りないかなぁって。それに明日も雪が降りそうだし、念のため」
「そうなのか。俺の料理じゃ心配だな」
「良い匂いしてるよ!今日は寒いから汁物が嬉しいよね」
じゃあお酒のあてになるものを何か作ろうかな〜と、アリシアは嬉しそうだ。
「それで、アシュベル様の御祖父殿もおいでになるのか?俺が居ても良いのか?」
「もちろん!体が大きくて見た目怖いけど、優しいおじいちゃんだよ」
…それは、親しくしてるアリシアだからじゃないのか?と少し不安を隠せないリヒトだったが、この春はフィデール領へ挨拶に行くのだ。予行練習と思い気を引き締めた。




