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きみの頬をなでる風になれたら  作者: 朝倉いろは


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第七十八話 舞姫

 武芸の神レオンティウスと番の女神セレスティアナは、辺境で特に信仰を集める神だ。レオンティウスは翼の生えた獅子に跨り、魔獣を斬り伏せ弓で竜の首を飛ばし、戦場では稲妻となって敵を屠るという。勇を備え義を重んじる神で、荒御霊であった頃のオルフェルトニウス神とは、犬猿の仲であったという。また、レオンティウス神の番の女神セレスティアナは、戦いに赴く夫に剣舞を捧げ武運を祈ったという。それ故に、セレスティアナ神の舞は、戦いに赴く者に加護を授け武運を高めるものとされ、武人達の篤い崇敬を集めていた。

 中央に近い領で祀られているのは珍しく、ノルディア領ニオールの神殿に祀られるようになった謂れは不明だが、近くに稽古場があったことは幸運だった。ニオールは乗合い馬車で一時間ほどの距離だ。ルーシィは放課後と日曜日の週三回、稽古に通っていた。

 今日は雪が深いため、相弟子達はほとんどが休みを取っている。その分、師匠に稽古をつけてもらえる時間が長くなるため、ルーシィはいつも以上に稽古に励んだ。だが、厚い雪雲に覆われた空はいつもより暗くなるのが早いようだ。師匠はルーシィに次の舞で今日は終いにしようと告げた。

 汗を光らせ真剣に稽古に励むルーシィを覗き見ていた祖父と孫は、その美しさに目を奪われ離せなかった。

「アッシュお前…なんじゃあの娘は…」

「綺麗だろ」

「お前…やるな…」

「だろ?」

「稽古を始めたばかりだとアリシアは言っていたが…見事なものだ」

 舞には隠した心が映るものだ。神々に奉納するものでもある。まだまだ荒い部分も見受けられるが、所作の端々に真心が宿っている…ガルヴァロス公は静かに頷いた。

 師匠の手拍子が終わり、稽古は終いのようだ。師匠に礼、祭壇に向かって礼をする。祭祀用の細身の剣を手入れし鞘に納め、振り返ったルーシィは思わぬ見学者にビクッと肩を震わせた。

「なっ…なっ…やだ、見てたの?」

「アリシアに聞いて来たんだ。いつの間に剣舞の稽古を…」

「あーあ、こっそり練習してびっくりさせたかったのに。そちらの方は?」

「おれのじぃさま」

「えっ!やだ、あた…私、こんな格好で…」

 稽古で乱れた髪を手で撫で付け、汗を拭ってから、ルーシィは美しい所作でガルヴァロス公に挨拶をした。

「アシュベルの祖父ガルヴァロスだ。雪の舞う日にも稽古とは、感心なことだ」

「恐れ入ります」

「冷えると体に悪い。早く着替えてこいよ」

「うん」

 ルーシィの着替えを待つ間、アシュベルと祖父は武芸の夫婦神に祈りを捧げた。祈りながら、ルーシィの舞う姿が頭から離れなかった。大切に剣を手入れする姿も美しかった。身なりを整えたルーシィの頬は、稽古終わりで体温が上がっているのか桃色に染まっている。乗合い馬車は止まってしまったようで、迎えに来たのは正解だった。この程度の雪で交通が麻痺するとは、北国育ちには信じられないことだった。アシュベルは魔石を取り出して魔力を籠めた。炎の魔力を籠めた魔石は温石のようになる。

「あったかい!」

「乗合い馬車は止まってるから馬で帰るぞ。寒いからそれを腹に入れとくと良い」

「え、そうなんだ?迎えに来てくれて、ありがとう」

 ルーシィを馬に乗せ、抱き抱えるようにして手綱を握る。祖父と目で合図を交わし、馬を走らせた。

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