第七十四話 戸惑い
フィデール子爵家は大変な騒ぎになっていた。
スナイデル公爵の使いが、公爵から子爵に宛てた書状を持参した。その内容は目を疑うことばかりだった。
まずは産後すぐ亡くなったと知らされたアリシアが存命であること。アリシアの死を偽装したのはマリアンネ王女殿下であり、ヴィンセントはそれを諌めきれず、結果として黙認したこと。そしてヴィンセントには公にされていない双子の弟がおり、アリシアの神託の夫はヴィンセントでなく弟のリヒトであったこと。神託の解釈を誤る一因となり、アリシアの死を偽装し神と国民を謀ったとして、マリアンネ王女とヴィンセントは国王陛下の裁可を待っているということ。
アリシアの行方が分からず、知らせが遅くなってしまったことを詫びる一文も添えられていた。
アリシアが生きている。公爵家を出奔し、一体どうやって生き延びてきたのか。いや、アリシアは逞しい娘だ。野営の方法も、食べられる植物の見分け方も、獣や魚の捌き方も、料理も繕いも叩き込んできた。魔法は使えずとも武器は扱える。どこででも、生きていけるよう教え込んてきた。
だが、何故アリシアがこんな目に…誤っていたとはいえ、ヴィンセントとの夫婦仲は悪くなかった。ぎこちなくも、お互いに尊重し合えていたように思えた。義母のマリアンネ王女が、アリシアを好ましく思っていないことは一度会っただけでも分かった。それでも、死人扱いされるほど、軽んじられる謂れはない。それに…どういうことだ。アリシアの本来の夫が、双子の弟とは…弟を隠したが故、アリシアは誤った相手と結婚し、その子を産んだということか。今度は双子の弟と結婚しろというのか。夫婦神は何故双子の弟との婚姻などという神命を下すのか。フィデール子爵は噴き出しそうな怒りを抑えた。怒りの矛先が王女と神々では、怒りが収まるまで耐えるしかない。
「お姉様が、生きてるの…?」
ハッとして視線を向けると、公爵からの書状を手に涙を浮かべるオリアナの姿があった。オリアナの夫で婿養子のルーファスが肩を抱いて支えている。先に書状を読んだ妻はアリシアの輿入れに付き添っていたばぁやと抱き合って泣いていた。
…そうだ。今はアリシアが生きていたことを共に喜ぼう。
あの日、冷たく暗い地の底に下りて行く娘の棺を見送った。その悲しみを忘れた日は一日たりともなかった。だが、アリシアは生きていた。愛しい娘にまた会える。
フィデール子爵は家族と寄り添い、共に涙を流した。だがその涙は、喜びと怒りと戸惑いがないまぜになった、複雑なものだった。
それからしばらく後、マリアンネとヴィンセントに対し国王陛下の裁可が下った。王族に対する処罰は、司法を通すのではなく国王陛下が直々に下すことになっている。親族に対する処罰は甘すぎると信頼を損なうため、難しい判断だ。二人に下された罰は、フィデール子爵にとっても、ここが落とし所であろうという納得出来る内容ではあった。ヴィンセントに関しては、アナベルとの結婚がなければアリシアと共に被害者と思えなくもなかった。神託の解釈が正しければ、望まぬ結婚をせずとも済んだのだ。だが、ルーセントと生まれがひと月しか変わらない娘がいると聞いて、その気持ちは消えた。アリシアの葬儀の際に見た、項垂れた姿は何だったのか。その時にはもうアナベルは臨月だったのだ。そして喪が明けるとすぐに再婚した。これを許せる親がいるだろうか。
…だが、相手は公爵子息。国王陛下より罰を下されたからには、納得するほかあるまい。
アリシアはノルディア領オーグスで二人目の息子と共に暮らしているという。その父親は神託が示したリヒト・スナイデルであるという。もう何がなんだか分からない。とにもかくにも、一日も早くアリシアに会いたい。そうでなければずっと頭が混乱したままだ。
そんなフィデール子爵に、スナイデル公爵から再び書状が届いた。雪解けを待って、アリシアを伴いフィデール領を訪れたいという申し入れであった。




