第七十話 団欒
アシュベルとルーシィの新居は、オーグス神殿から少し離れた静かな場所に決まった。アリシアの自宅からも遠からず近からずといった程良い距離だ。ルーシィは二月の入学試験に向けて猛勉強の真っ最中だ。身なりを整え、髪や肌の手入れをし、神徒女性のように動作を緩やかに優雅さを纏わせるよう意識している。整った文字が書けるよう、手跡の美しい神徒女性に指導を受けている。学校に通い卒業したら、アシュベルと結婚するため辺境に行くと嬉しそうに話していた。
「アシュベルと結婚するには辺境伯ご夫妻へご挨拶をすることになるから、まずは礼儀作法ね。実際のところ中央ほど厳しくはないけれど、基本は身に付けておいて損はないわ」
「アッシュのご両親って、やっぱり強いの?」
「とぉっても強いわよ!辺境伯閣下は雷の魔法を使うの!すっごくかっこいいのよ!奥方はアッシュと同じ炎の魔法を使うの。だからアッシュの魔法って少し雷っぽい動きをするのよね!奥方の剣技は舞うように軽やかで美しいのよ!」
アシュベルといいアリシアといい、武家育ちは皆、武芸の話になると途端に子供のような顔になるのだろうか。
「戦闘は出来なくても、剣舞のお稽古をするのも良いかも知れないわ。ルーシィは本当に綺麗だから、きっと映えると思うわ。遠征の前には武運を祈って剣舞が捧げられることがあるのよ。武家の妻として相応しい芸事だと思うわ」
…武家の妻。そうなれたら良い。前線で奮闘しているであろうアシュベルの無事を祈り、ルーシィはひたすら勉強に励んだ。
仕事帰り、神殿にレグルスを迎えに行くと慌てた様子でソニアが走って来た。
「リーシュ、大変!あなたのろくでもない旦那がここに来てるわ!レグルスも見付かっちゃったわ!」
ろくでもない旦那とはリヒトのことだろう。歴史書の墨塗りが解除出来たらオーグスに来ることになっていた。うまくいったのだろうか。
「ありがとう、ソニア。実はこの間出掛けてたのは夫に会うためだったの」
「え、そうなの?」
「すっっっごく反省してるから、あんまり怒らないであげて」
「そう?釘刺しとこうか?リーシュってすぐ絆されそうで心配だわ」
そんなことはないと言えない。アシュベルにもそれで怒られたのだ。
「でも今フローリア様とお話してるから、きっと懇々と諭されてるわね」
「こってり絞られてると思うわ…」
応接室では、補色の眼鏡をかけたリヒトとフローリア、レグルスの三人が和やかに歓談していた。
「おかあちゃ、おかえい」
「ただいま、レグルス。お母様」
「おかえり、リーシュ」
リヒトはアリシアと呼ばずにリーシュと呼んだ。ここでは気を付けるようにと散々言っていたことだ。
「ただいま、リヒト。解呪はうまくいったの?」
「ああ、綺麗に墨を剥がすことが出来た。ザドキエル先生の古代魔法は見事だった」
「そうでしょう。ラウールは本当に凄いのよ。特に古代魔法の扱いがうまいの。他国の魔法にも詳しいのよ」
フローリアは嬉しそうに語った。
神殿を出て、三人で家まで歩く。リヒトは馬でなく乗合い馬車でやって来たらしい。さぞ目立ったことだろう。以前はヴィンセントと同じ髪型をしていたが、少し短く切っている。
「髪を切ったのね」
「ああ、もうヴィンセント様と同じ髪型にしなくても良いからな」
「言葉遣いも直さなくっちゃ。ヴィンセント様じゃなくて兄上でしょ」
「そうだな」
「おとうちゃ、たかいのして」
レグルスはリヒトの手を引いて肩車をねだった。
「たかいの?」
「肩車よ。レグルスを抱っこして、自分の首を跨がせて肩に乗せるの。乗せたら、しっかり足を握ってあげてね」
おずおずとレグルスを肩に乗せ、首を跨がせる。レグルスはリヒトの髪をギュッと握った。
「髪をむしるなよ」
そう言って笑うリヒトは、なんだか急に父親の顔になったようだと、アリシアは思った。
「お腹空いたね。今日のご飯は何にしようかなぁ…」
「俺はなんでも…」
「ぼくおにくがいい」
「はい、レグルスが正解!なんでも良いはダメなのよ!ちゃんと何が食べたいか言わなきゃ」
「…おにく…煮込みが良いかな」
「分かったわ。早く帰ろう」
初めて三人一緒に囲む食卓には、焼き立てのパンと柔らかく煮込んだ牛肉のシチューとサラダが並んだ。煮込みに時間がかかったので、三人はお腹ぺこぺこだ。レグルスには果実水、親二人はワインで乾杯して、初めての団欒を祝った。




