神話②
羽根の傷は癒えたというのに、娘は地の底から出ようとしない。娘はまるで太陽のように地の底を照らし、眠っていた種が芽吹き始めた。そうして段々と地の底は緑に覆われていった。腐敗臭はいつの間にか消え、緑の隙間から小さな花が顔を出した頃、弟神は娘に言った。
「お前はいつになったら帰るのだ。もう羽根は治っただろう」
「帰らなければいけませんか?私の小さな羽根ではあの高みまで飛んで行くことは出来ません。あなた様こそお体は回復されたはずです。こんな地の底にいなくても、一跳びで穴から抜けられるはずです」
「忘れられた神など、地上に戻ったところで何の役にも立たん」
「あなた様はどんな神様だったのですか?」
「さあ、分からん。俺は恐れられていたようだし、兄と争ったことしか覚えていない。こんなところに堕とされたのだから、ろくでもない神だったのだろう」
それにしても、地の底は変わった。腐敗臭に満ちた暗闇が、花芽吹く緑の庭に生まれ変わった。こんな地の底にも草木の種があったのだ。土に還るだけだと思っていたが、新たな命が生まれた。
娘と何もせずただ共に過ごしているうちに、弟神は気付いた。この種は死んだ者の魂であると。体が朽ちた後に遺るものだ。暗闇に溶けていた頃、嘆きと苦しみの声があちらこちらから聞こえていた。あれは死者の声だったのだ。俺と同じで、こんなところに堕ちるのだから、ろくな死に方ではなかったのだろう。病か、争って殺されたか、悔いの残る死に方だったのだろう。不憫だ。罪を犯したなら償うべきだが、そうでないなら、苦しみを忘れ穏やかに眠ると良い。弟神は立ち上がり、フラフラと歩き始めた。
そして、どこからか聞こえてくる小さな声に気付いた。どこかと探せば、岩の間の影に小さな種があった。苦しい、辛い…死にたい、と泣いている。もう死んでいるのに苦しんでいた。弟神はその種を広い、明るいところに埋めた。種は喜び、弟神にありがとうと言って芽を出した。
「…礼を言われたことなど…初めてだ。地上にいた頃は恐れられていた…」
弟神は苦しむ種を探して明るいところに埋めた。気が付けば、木々が大きく育ち果実を実らせ、花々が風に揺れていた。どうしたことか鳥や蝶が飛んでいる。
「あなた様は死者を慰め新たな命を育みました。あなた様を厭う者はもはやおりますまい」
娘は弟神に微笑んだ。
「俺は何もしていない。お前こそ、この暗い地の底に光をもたらしたではないか」
「光だけでは命は育ちません。あなた様が小さな種達の嘆きに気付き、救いの手を差し伸べられたのです」
「…そうか。ならば、俺はこの地に留まろう。俺と一緒にこの地を照らしてくれるか」
「はい、喜んで。ずっとお側におります」
こうして、弟神の荒御霊は鎮められ、和御霊として亡き人々に安寧をもたらした。




