神話①
男神アルスラントニウスの弟神は思うままに殺戮を繰り返し、大地を割っては女神フィオレンツィアーナを悩ませていた。フィオレンツィアーナは大地の女神。弟神はフィオレンツィアーナに恋慕の情を抱いていたが応えてくれることはなく、兄神と夫婦になった。届かぬ思いは大地に穴を開けた。それは弟神にとって大地とのまぐわいであった。
如何にすれば女神を手に入れられるのか。弟神は兄神から天空の覇者の地位を簒奪せんとした。しかし空は兄神の領域だ。目論見は潰え、己が開けた大地の大穴から地の底に堕とされたのだった。弟神の振る舞いに怯えていた人々は、平穏な日々が訪れたと兄神に感謝した。
大地は命を産むが、命が還る場所でもある。
弟神は兄神によって名を葬られ、人々から忘れられ、地の底で無に還るはずだった。
ある時、光の粒が地の底に落ちてきた。それは、誤って大穴に落ちてしまった精霊の娘だった。暗闇の中、あまりにも眩く光る娘は、自らの光で土に埋もれた弟神を見付けた。死と腐敗臭の漂う地の底で、まだ生きているものを見付けた娘は、土を掘り起こし弟神を助けた。
娘は甲斐甲斐しく世話をし、土に還りかけていた弟神は目を覚ました。殺戮の神は目の前のか弱い娘を嬲り殺したい衝動に駆られたが、夢現のうちに娘の世話を受けていたことを朧げに思い出した。
ある時は嵐を呼び、ある時は洪水を呼び、大地を乾かし、人々に恐れられていた弟神は、娘に問いかけた。
「お前は俺が怖くないのか」
と。
「私はあなた様のことを存じません。何も存じ上げないのですから、怖くありません」
娘はそう答えた。聞けば娘は生まれたばかりで、世界のことを何も知らないという。生まれたばかりで上手く羽ばたけず、穴から地の底に落ちたのだった。
「俺のことは放っておくが良い。お前には羽根があるのだから、飛んで行くと良い」
「ここに落ちた時に羽根を痛めました。一緒に居ても良いですか。ここは暗く、寒くて一人では凍えそうなのです。あなた以外に生きているものを見ません」
「ここは地の底。命は無に還る。俺もそのうち消えるだろう。羽根が治ったら出て行け」
「あなた様のお名前は何というのですか」
「俺は…俺の名は何だったか。名は兄に奪われて覚えていない」




