第六十九話 秘文の開示
リヒトは翼竜の結晶に捕まり、仮死状態になっているという。知らせを受けたアリシアは、ルーシィに留守を頼み、知らせを届けてくれた使者と共にレグルスを連れスナイデル領へ向かった。リヒトの体は氷のように冷たく、もう死んでいるのではないかと思ったほどだったが、ゆっくりと脈が動き、心臓の音も微かに聞こえていた。
アリシアは体を温める作用のあるお茶をぬるめに調整し、リヒトに少しずつ飲ませた。魔石の温石や湯婆で寝具を温め、一緒に休んでいると、段々と体温を取り戻していくのが分かった。そうしてリヒトは目覚め、レグルスとも対面を果たすことが出来たのだった。
黒の森でアリシアとレグルスを見送り、リヒトとスナイデル公爵はザドキエルと共に王宮へと向かった。
秘文の開示に立ち会うことを許されたのは、アルメニア王国王太子、国王直属の近衛隊隊長、副隊長、国内全ての神殿を束ねる神殿長、スナイデル公爵とリヒトの六人となった。歴史家や司書の中には立ち会いを希望する者達もいたが、秘匿魔法を使用することもあり、その後の研究を任せることで退けた。立会人の他に、古代魔法の研究者が二人、ザドキエルの補佐につき、解呪の反動に備えて結界魔法を展開した。また、王妃、王太子以外の王子、王女は万一に備え王宮外で待機となった。
王宮の地下書庫は緊張感に包まれていた。立会人が見守る中、ザドキエルは一礼し古代の歴史書に指で魔法陣を描いた。術式に記す文字も詠唱も全て古代アルメニア語で行われる。エーデルハイドの稀石を歴史書にかざし呪文を詠唱すると、バサバサと頁が捲れ、黒い靄が浮かび上がり稀石に吸い込まれていった。黒い靄の一部は抗うように歴史書に戻ろうとし、一部は詠唱者に纏わりついていたが、歴史書から吸い出される靄が少なくなってきた頃、抵抗力を失い全て稀石に収まった。稀石はその許容量を越えたのか、粉々に砕けて床に散った。
石が砕ける音は、呪いを吸ったとは思えないほど美しく地下書庫に響き、余韻を残しつつ消えていった。そうして、地下書庫は静寂に包まれた。
「ふう」
と、ザドキエルが息を吐き、呼吸することすら忘れていた立会人達も、思い出したように息を吐く。
「解呪は終わった。成功だ」
ザドキエルの言葉に、おお、と立会人から歓声が上がり音が戻ってきた。
呪いの消えた歴史書を、アルメニア国王が検める。墨塗りは完全に消え、元の文字が現れていた。国王は頷き、ザドキエルと補佐を務めた二人を労った。また、エーデルハイドの稀石を入手する際に命を落としかけたリヒトにも直々に労いの言葉をかけたのだった。
歴史家と司書が呼ばれ、古代の歴史書を解読し飜刻するよう命ぜられた。弟神がオルフェルトニウス神と同一の神だと確定すれば、現代アルメニア語に訳され、国民に周知されることになるだろう。
「老師、古代魔法の解呪お見事でした」
「黒い靄に包まれたように見えましたが…お体に問題はありませんか」
立会人達が声をかけると、ザドキエルは軽く手を上げ、問題ないと答えた。古代魔法の研究者達も、実際に呪いを解除する術を目にする機会は少ない。貴重な体験を喜んでいた。扱いが難しく、使用者含め多くの人々を危険に巻き込む恐れがあるため、一般には知らされず、使用を制限されているのが秘匿魔法だ。とはいえ、完全に失われた訳ではない。一度失われてしまえば再現出来るとは限らない。今回のように古代魔法で封ぜられたものが発見されたり、他国から侵略を受けた際に使用されれば対処する術がなくなる。そのため、アリシアが会得した隠密の魔法しかり、古代魔法しかり、密かに受け継がれているのだった。




