第六十七話 神託①
時は遡り…(第四十七話からの続きとなります)
アリシアとアシュベルの再会から二日。仕事終わりのアリシアが神殿へレグルスを迎えに行くと、アシュベルとルーシィは礼拝堂の一番後ろの席でアリシアを待っていた。
「ただいま。待たせてごめんね」
「おう、お疲れ様。忙しかったか?」
「ううん、今日はいつもよりゆっくりしてたよ。レグルスを連れて来るから、ちょっと待っててね」
アリシアは神殿の居住区域に入って行く。
貴族女性が子供を預けて外に勤めに出ることは珍しい。王宮女官や司書、研究職、教師、下位貴族で高位貴族の元で奉公している場合などを除いて、子育てと家政、領地運営の補佐を担うのが一般的だ。神殿を頼っているとはいえ、働きながら幼児を育てるのは大変だろうと、アリシアの背中を見ながらアシュベルは思った。
神殿の礼拝堂は、ステンドグラス越しに夕陽が差し込み、色とりどりの光が広がって神秘的な空気に満ちていた。
奥から響いてくる可愛い子供の声が、段々と大きくなる。重厚な扉が少し開いて、ひょっこり顔を出したのはレグルスだ。おにいちゃん、おねえちゃんの姿を見付け、大喜びで駆けて来た。
「レグルス、礼拝堂を走ってはいけませんよ。神様の前ですよ」
臈闌けた貴婦人を思わせる、凛とした佇まいの神徒女性が声を掛けると、レグルスは幼いながらもハッとした表情をして祭壇に向かい一礼した。
「おお、偉いなレグルス。ちゃんとごめんなさいが出来るんだな」
アシュベルはレグルスの頭を撫でて褒めた。
「こちらは私の母、フローリアです」
…お世話になっている神徒のフローリア様。ザドキエル先生の奥様よ。
と、小さな声で告げる。アリシアは密かに音声遮断の魔法を展開した。
「お初にお目にかかります。タナトス家のアシュベルと申します。ザドキエル先生には貴族院で大変お世話になりました。こちらの女性は私の婚約者ルーシィです」
「初めまして、ルーシィと申します」
ルーシィは精一杯丁寧に挨拶をしているようだった。
「初めまして。私はフローリア・ルーイン・ザドキエルと申します。リーシュ…が、誰のことかは分かるのですよね?」
「はい。話は伺っております」
「良かったわ。ここからは堅苦しい物言いはやめましょう。肩が凝ってしまうわ」
「助かります」
アシュベルとフローリアはお互いに笑みを浮かべた。
「神託を閲覧したいと聞いたけど、間違いないかしら」
「はい、間違いありません。スナイデル家子息とフィデール家息女の婚姻が告げられたものを確認したいのです」
フローリアは頷いて、祭壇へと案内した。祭壇の裏に、神託が納められた箱がある。箱の鍵を開け、該当する神託を取り出し祭壇に向かって一礼した。
神託の閲覧は、必ず神の前で行う。立会人のフローリアが見守る中、アリシアは丁寧に折り畳まれた神託の紙を広げた。
スナイデル公爵家子息とフィデール子爵家息女アリシアを夫婦とせよ
「これ…ヴィンセントの名前がないな」
「…そうね…うちは娘二人だから私の名前が書かれてるって思ってたのよね…あの頃はスナイデル家にもう一人子息がいるなんて思わなかったし、違和感も感じなくて…」
「リヒトには名前がなかったんだよな?」
「そう言ってたわ」
「夫婦神が名を記せなくても、不思議じゃないよな…?」
祭壇には常に紙とペンが供えられている。神託は、いつ何時降りてくるか分からないからだ。供えられたペンと紙は何故か重くなり、人の手では動かせなくなる。そのペンが、ひとりでに動き始めた。
一同はペンから目が離せず、固唾を呑んで見つめていた。そしてペンは記した…
スナイデル公爵家子息リヒトとザドキエル伯爵家養女リーシュを夫婦とせよ
それは確かに、四人の目の前で…元々の神託、その下に新たに記されたのだった。
神殿は静寂に包まれた。
ステンドグラス越しの光が集まり、新たな神託を美しく彩っていた。




