第六十一話 古代魔法
墨塗りに使われた素材と、元々の文字を記した素材は別のものだという分析結果が出た後、ほぼ同じ素材を使って墨を剥がす試みが繰り返されてきた。だが、元の文字を損なわずに墨を剥がすことは困難を極めた。水魔法で墨を浮かせてみたり、紙を下から魔道具で照らし文字を浮かび上がらせることが出来ないか、など様々な方法を模索する中で、魔法学の第一人者ラウール・ザドキエルに助言を仰ぐこととなった。
黒の森に庵を結び古今東西の魔法を研究しているザドキエル師ならば、何かご存知かも知れない。一縷の望みを胸に庵を訪れたスナイデル公爵とリヒトを、ザドキエルはアリシアを探しに来たのかと警戒した。だが、二人から聞かされた話はザドキエルの知的好奇心を大いに刺激する内容だった。
「スナイデル公爵閣下のご子息が双子とは…今まで神殿に?」
「はい、そうです。スナイデル領の神殿で神に仕えておりました。父から弟神の名誉が回復するかも知れない発見があったと聞き、私も研究をお手伝いしたく還俗致しました」
「なるほど。確かに、墨を剥がし裏付けが取れれば、双子の弟に対する認識も変わっていくだろう」
「老師、何か良い方法をご存知ではありませんか?」
「この素材の分析結果を見るに、古代魔法が駆使されているようだ。通常、これらの薬品を混ぜたところでこのように黒くはならない」
「仰る通りです。分析結果を元に同じ墨を作ろうとしましたが、うまく混ざらず、黒くもならないのです。なので、似た素材で再現してみようとしたのですが…」
「この墨を剥がすには古代魔法が必要だろう。古代魔法は呪いに近い。徒に解除しようとすれば呪いが跳ね返る」
「その古代魔法をご存知ですか」
「現在は秘匿魔法ではあるが、知っている。国王陛下公認の研究であれば、教えることは可能だろう。だが、解呪の反動を回避するために必要なものがある」
それが、エーデルハイド領最西端の岩山特有の鉱石で、魔獣の瘴気を浴び変化した稀石だった。エーデルハイドの稀石は、呪いを瘴気と同じものとして溜め込むという。稀石に変化した鉱石は、瘴気を溜め込んだとは思えない透明感のある灰色で、まるで人の手が加えられたもののように均等な六角形の石になるという。浄化の働きがあるため、昔は毒消しの薬湯に使われたりもしていたが、入手が非常に困難であるため、今では他の素材が代用されている。
…迂闊だった。翼竜の咆哮には気を付けろと、西の騎士達に助言を受けていたのに…
リヒトは騎士を二人連れ、西の辺境に向かった。岩山の麓で馬を預け、稀石に変化しやすい洞窟周辺を探していたところ、魔獣が現れた。翼のある魔獣に対峙した経験があまりなかったため多少手こずったが、傷を負うことなく退けた。だが、それも束の間、洞窟の奥から大きな翼竜が現れた。咆哮に足を痺れさせた騎士が倒れたところに、生き残った魔獣が襲いかかる。リヒトはそれを助けようとして、翼竜から目を外した隙に結晶に包まれた。結晶の中から外を見れば、護衛として付いて来てくれた騎士二人も結晶に包まれてしまった。
…クソ、俺は…ここで死ぬのか…
身動きが取れず、次第に暗くなる視界の中、瞼の裏に映ったのはアリシアの姿だった。
…子供は…無事に生まれたのか…男の子か…女の子か…どちらでも、きっとアリシアに似て可愛い…会いたい…
急激に体が冷えてくる。
眠たい。死にたくない…眠たい…
…眠たい…
リヒトの思考は、そこでぷつりと途切れた。




