第六十話 岩山の主
エーデルハイド領はスナイデル領を通りいくつかの領地を越えた西の辺境だ。最西端の岩山に湧く魔獣は、北の辺境に湧くものとは異なり翼を持つものが多い。東西南北の辺境領は数年に一度は交流を行い、通常相対しているものとは異なる特徴を持つ魔獣の討伐訓練を行っている。
「この村は討伐部隊の駐屯地にもなってる。馬は此処に預けるぞ。岩山の中腹まで物資運搬の馬車で行く。洞窟の前に馬を置いて行くと、魔獣に喰われるからな」
アシュベルは顔見知りの騎士に挨拶に行った。どうやら、リヒトが此処に来たのは間違いないようだ。リヒトの他二名の騎士が馬を預けたまま戻らないそうだ。その後何度も岩山に入り討伐を行っているが、骸らしきものも見当たらないという。そうなると、考えられることは一つだ。
「恐らくリヒト達は洞窟の中だ。喰われてなければ、翼竜の戦利品になってるはずだ」
「…戦利品?」
「生きたまま結晶に閉じ込め巣に持ち帰るんだ。新鮮な食料ってやつだ」
「…」
「翼竜はあまり喰わないらしいから、生きてるかも知れん。そう暗くなるな。俺はそいつが死んでいても構わんが、アリシアが悲しむのは嫌だからな。助けに行くぞ」
ちょうどこれから討伐に向かうという西の騎士達と共に、荷馬車に乗せてもらう。辺境の騎士同士話が合うのか、アシュベルは情報交換に余念がない。討伐に慣れているのだろう。ヴィンセントと従者の騎士達は緊張した面持ちだ。
「力抜けよ。西の魔獣は翼を持つものが多いから、お前は風で翻弄しろ。前衛は俺がやる」
討伐隊は岩山の中腹で荷馬車を降り、洞窟までは徒歩で登る。馬車は駐屯地まで戻らせた。洞窟から濃い瘴気が漂ってくる。通常、討伐隊は洞窟の中まで深追いすることはないという。餌の匂いを感じ取った魔獣がわらわらと洞窟から湧いて出て来るが、ある程度仕留めると、それからしばらくは静かなものだと西の騎士達は言う。
討伐隊や魔獣同士の争いを生き残り、岩山の主となった翼竜は手強く、無理をして倒すものでもないらしい。魔獣は増えすぎると人を襲い土地を荒らすが、魔獣がいることで他国からも侵略されにくくなるのだ。それはどの辺境でも同じだった。だが、翼竜によって結晶化した人間を助けるには、その翼竜を倒すしかない。
ヴィンセントは、翼を持つ魔獣が飛びにくいよう風を操り、アシュベルや騎士達が斬って捨てれば血飛沫を撒き散らし、黒い瘴気を放ちながら消えていく。時折、魔獣の腹から出て来たとは思えないほど美しい魔石を残し消えるものもいた。小さな魔獣のギィギィという声が耳に障る。
ふいに冷たい空気が洞窟から漏れてきた。表の騒ぎを不快に感じたのか、唸り声を上げながら翼竜が姿を現したのだ。
「お出ましだぞ!ヴィンセント!風で炎を煽れ!」
アシュベルが剣に魔力を籠め、さらにヴィンセントが風を纏わせれば、激しく踊るかのように燃え上がった。縄張りを荒らそうとする人間に怒りを露わにした翼竜は一際大きな咆哮をあげた。ビリビリと空気が震え、一瞬体が固まったようになる。翼竜はそれを見逃さず、一人の騎士が結晶に包まれた。
「咆哮に気を付けろ!金縛りに合うぞ!」
アシュベルがヴィンセントに目配せをすると、風で空高く舞い上がる。氷魔法の使い手が翼竜の翼を凍らせ地に落とすが、翼竜は翼に力を籠め氷を割った。だが体勢を戻す前に、アシュベルが翼竜の脳天を一突きにした。突いた箇所から炎が巻き上がり、翼竜は大地を震わせて地に伏した。先程結晶化された騎士も解放され、咳込みながらも立ち上がった。
「よし、ヴィンセント、あと数人ついて来い、リヒト達を探すぞ。西の騎士達は翼竜から戦利品を得てくれ」
大きな魔獣からは貴重な魔石や牙、爪など薬品や魔道具で使用する素材が採取出来る。素早く適切に処理しないと使えないため、騎士達は討伐訓練と共に処理の方法も叩き込まれている。
ひやりと冷たく暗い洞窟の中は瘴気に満ちていた。ここに長くは居られない。魔道具のランプの灯りで照らせば、いくつもの横穴がある。迷えば帰って来れないだろう。洞窟の中まで深追いしないのも納得だ。目印を付け、残った魔獣に警戒しながら奥に進むと、きらりと光に反射した結晶の中にリヒトと騎士二人が見えた。
「いたぞ!」
翼竜を倒したことにより、結晶は脆くなっていた。三人を結晶から助け出し、洞窟を出る。息はあるようだが、すぐに目を覚ます様子はなかった。
「おい、リヒト!しっかりしろ。アリシアが待ってる、死ぬな!」
かろうじて息はあるが、体は冷たくぴくりとも動かない。先程結晶に包まれた騎士がすぐに動けたのは、拘束時間が短かったおかげだろう。
西の騎士達にも助力を願い、急いで三人を駐屯地のある村へと連れ帰った。




