第七話 ヴィンセント・スナイデル
剣技の試験が終われば、夏の盛りも峠を越す。ただでさえ暑いというのに、辺境領の連中は熱苦しいことだ。特に北のタナトスの息子の魔力は炎。全く、北国らしくもない。試験中も敵対心剥き出しの目で挑まれ、足蹴にまでされるとは、思い返すも腹立たしい。文句があるなら夫婦神に言って欲しいものだ。
…私とて、愛する者を失ったのだから。
アナベルは妾でも良いから側に居たいと言う。侯爵令嬢ともなれば、私以外にも益のある婚姻相手は数多居るだろう。…日陰の身には出来ない。出来ないが…離れたくないのは私も同じだ…
アリシアは良い娘だと思う。目立たないが、見目も良く成績も悪くはない。剣技の試験も見事だった。だが、母上は納得出来ないようだ。一度神殿の勧めもあり両家で顔合わせを行ったが、父上はともかく、母上は終始不機嫌な様子だった。神前でくらい取り繕って欲しいものだ。母上は国王陛下の妹故か気位が高い。アナベルを気に入っていたし、何より一番気に入らないのはアリシアの瞳と髪の色なのだろう。母上の瞳の色は王族にしか発現しない深い青。私もそれを受け継いでいる。アリシアの茶色い瞳は平民に多い色だ。しかし、彼女の両親や妹はそんな母の様子は意に介さないようだ。上位貴族のあしらい方を心得ていると言った方が良いかも知れない。辺境の出にしては穏やかな気性のようで、仲の良い家族であることが窺えた。
人の身で神々の御心を解しようなどと烏滸がましいことだ…分かっている。神々より賜った縁だ。必ず意味があるのだろう。分かっている。アリシアが神託を受け入れ歩み寄ろうとしてくれていることも。私もそうしよう。…だが、何故私とアリシアなのだという疑問はなかなか消えない。そうそう迷いが消えないのもまた人の子だ。だからこそ、私達は時間を掛けて夫婦になるのだ…
北の辺境領は雪が深い。秋の終わりから、アリシアは行儀見習いも兼ねて王都のスナイデル邸に滞在することとなった。花嫁衣装はスナイデル家の伝統に則って作られている。仮縫いを重ねて徐々に出来上がっていく衣装は、アリシアによく似合っていると思う。フィデール家から伴って来た年老いた侍女は仮縫いの度に涙ぐんでいる。アリシアがばぁやと呼んでいることからも、幼い頃から仕えているのだろう。
冬季休暇はアリシアと課題を教え合うなどして共に過ごした。王都の公園を散策し、流行りの舞台を観劇し、寒い冬を二人で過ごせば、以前にも増して打ち解けたように思う。遠慮しがちな彼女も、笑顔を見せることが多くなった。良い傾向だ。
相変わらずの母上を除けば、スナイデル邸の使用人とも上手くやってくれそうだ。
貴族院卒業を経て春の終わり、我々は結婚する。
神託が覆ることはない。




