第五十八話 来訪者
近々参上仕りたく存ずる。
思いもよらない訪問の申し入れを受けたヴィンセントは、ぶっきらぼうなあいつらしい文面だと思いつつ、アナベルに近々来客があることを告げた。
卒業以来会っていない、北の武家を束ねる一族の息子。結婚前のアリシアが想いを寄せていた男だ。剣技の試験で足蹴にされたことを思い出す。噂では自ら前線に赴き、剣を振るっているという。
「アシュベル様?ヴィンセント様があの方と親しかったとは存じませんでした」
アナベルは数年振りに聞いたアシュベルの名に、貴族院時代を思い出した。
「親しくなんかないさ。この文面を見てくれ」
「まぁ…お武家様らしいと言いますか…」
「彼が私に会いに来るとは…アリシアのことかも知れん」
「アリシア様とは幼馴染ですものね」
「アリシアが彼を頼ったとしてもおかしくはないからな。だが彼は、北の前線に派遣されている部隊に所属していると聞いていたから、流石にアリシアが訪ねて行くとも思えなかったが…」
アシュベルは申し入れ通り、スナイデル邸に訪れた。艶やかな毛並みが美しい、軍用の黒馬から軽やかに下り立ったアシュベルは、以前よりも精悍な顔つきになっていた。
通されたのは本邸ではく、そこから庭を挟んで木々と垣根に隔てられた離れだった。此処にアリシアは閉じ込められていたのだろうか…アシュベルは沸々と湧き上がる苛立ちを抑えた。形ばかりの礼儀として、手土産を渡す。ヴィンセントも事務的な謝礼を述べた。
応接間に入り椅子に掛けた二人は、どちらからともなく話し始めた。
「…此処には、母上は寄り付かないのでな…」
「侍女達は…」
「大丈夫だ。離れの侍女達は皆、アリシアに仕えていた者達だ。彼女のことを心配している。様子を聞かせてやって欲しい」
部屋の隅に控えている四人の侍女達は、皆不安気な表情でアシュベルを見つめている。
「…アリシアは無事だ。二人目の子も元気に育っている」
それを聞いた侍女達は、抱き合って涙を流した。アシュベルは手荷物から茶葉の入った瓶を取り出した。
「もし渡せるなら、とアリシアから預かった。四人で飲んで欲しいと。…それと、黙って居なくなったことを謝っていたよ。またいつか一緒にお茶を飲みたいと」
茶葉の入った瓶を受け取ったサティは、是非ご一緒させて下さい、とアリシアへの言伝を頼み、四人の侍女達は肩を抱き合いながら部屋を後にした。
「…無事で良かった」
ヴィンセントは目頭を抑えた。
「なんでアリシアのことだと分かったんだ?」
「そうでなければ、君が私を訪ねて来るなどあり得ないだろう」
「まあな」
「私を殺しに来たのかと」
「それもある。…が、場合によるってことにしてる。リヒトはどこだ?」
「…リヒトのことも知っているんだな」
「ああ、知ってるよ!お前らがアリシアに何をしたのかもな!ヴィンセント!このクソ野郎が!よくも…アリシアを殺したな!兄弟二人でアリシアを弄びやがって!殺す!」
熱い殺気を放ちながら、剣を抜き切先をヴィンセントの喉に突き付ける。放たれた炎の魔力、それだけで焼き切れそうな熱量だ。少しでも動けば血飛沫が飛ぶだろう。そこへ駆け込んで来たのはアナベルだ。床に伏してアシュベルに詫びた。この悪女がアリシアから夫を寝取ったのだ。一緒に斬って捨ててやろうかと剣を握る手に力を籠めた時、扉の向こうからひょっこりと顔を出した幼子達のキラキラとした純粋な目が、アシュベルを射抜いた。
…駄目だ、子供がいる…
アシュベルはきつく目を閉じた後、深く長く息を吐き剣を鞘に納めた。子供達は何をせずとも両親を守った。二人とも、親の側に纏わりついて離れない。アナベルは詫びながら子供達を抱き締め泣いている。
「…で、リヒトはどこだよ?」
「リヒトは…半年ほど前から行方が分からない」
「…は?何だと?」
ヴィンセントは、厳しい顔でアシュベルに告げた。リヒトは、父スナイデル公爵と共に進めている研究…その解読に必要とされる鉱石を採りに向かった後、消息を絶ったのだと。




