第五十二話 父と息子達②王女の恋
突如明かされた事実に、ヴィンセントとリヒトは言葉を紡げずにいた。しばし沈黙が流れた後、スナイデル公爵は静かに語り始めた。
双子が生まれても特に公表する必要はない。スナイデル公爵も生まれてすぐに神殿に預けられ神徒となった。家族と交流することはあまりなかったが、全くの疎遠という訳でもなかった。特に母は、双子として産んでしまったことを何度も詫びていた。兄とは年の違う弟として産んであげたかったと泣いていた。それだけでも、自分は恵まれていたと思う。生まれてすぐ神殿に預けられ、その後一度も家族に会わず生涯を終える双子の弟も多かったのだ。小さな頃は女性神徒の多い神殿で神に仕えていたが、貴族院に入学する年齢になると男性神徒達やそれらを束ねる神官のいる神殿に預けられ、神に仕えるだけでなく一通りの教養も学ぶことが出来た。男性神徒や神官の多くは双子の弟であり、その中でも一番身分の高い公爵子息であったため、神官候補としての教育を受けることが出来たのだ。
そのうち、兄とマリアンネ王女殿下は婚約した。他国の王家に嫁ぐのではなく、臣下に降嫁することになったのは王女たっての希望だった。マリアンネ王女は、兄を愛していたのだ。マリアンネ王女は貴族院で兄と出会い恋をした。一つ年下の王女が卒業するのを待って二人は結婚することになった。
だが、王女が卒業する間際に不幸が襲った。当時アルメニア王国で流行した病に兄が罹患し、帰らぬ人となったのだ。当時の公爵夫妻とマリアンネ王女の嘆きは見ていられぬほどだったと、後に家令から聞いた。スナイデル家には他に男子がいなかった。公爵夫妻は新たに子を望める年齢ではなかったため、双子の弟を還俗させ後継ぎとすることにした。このことは特に異例という訳ではなかった。双子の兄に不幸があった場合や、著しく素行が悪く跡目に据えかねる場合など、双子の弟が後を継ぐこともあった。神話を元に双子の弟を神に仕えさせるという慣例は、跡目争いを防ぐという役割も果たしていたのだ。スナイデル公爵夫妻は、マリアンネ王女に婚約の辞退を申し出た。だが、マリアンネ王女は承服しなかった。自分以外の女が、スナイデル家の後継ぎを産むことが許せなかったのだ。
「死んだのは双子の弟としなさい。スナイデル家の跡目を産むのはわたくしの役目です」
…ただし、男児が生まれた後はわたくしに一切触れるでない。
冷たい目で告げられた。
こうして、スナイデル家の双子の弟は死んだ。マリアンネ王女は貴族院を卒業し、双子の兄ローランドと結婚した。
初夜で飲んだ媚薬は、通常よりもかなり多かった。媚薬の力は強く、火照る体を必死で抑えた。降嫁しても王女の身分を保持していたマリアンネ王女に触れることは、ローランドとなった弟には恐れ多く躊躇した。王女は怒り、更に濃い媚薬を口に含み、ローランドに口移しで飲ませた。そうして欲望に抗えなくなり、マリアンネ王女と夜を共にした。…王女はずっと泣いていた。
王女は毎晩のように伽を望んだ。一日も早く懐妊したかったのだ。半年程で身籠り、それからはほぼ別居状態となった。口にこそ出さなかったが、弟のお前が死ねば良かったのにと思われていたのは嫌というほど伝わっていた。ローランドは公爵夫妻と共に領地の邸宅を住まいとし、王女は王都のスナイデル邸を住まいとした。
王女は無事に男児を出産した。そしてローランドに我が子の名付けを許した。実の名を失った代わりだと…それが、王女がローランドに見せた最初で最後の優しさだった。双子とは知らされなかったローランドは、我が子にヴィンセントと名付けた。それなのに、自分が産んだ双子の弟には名前を与えなかったのか…ローランドは、それほどまでに双子の弟を憎むのかと唇を噛んだ。リヒトに何の罪があるというのか。神殿に預けることすらしないとは…
王女にとって、自分も双子の母になるとは思いもよらなかったことだろう。ヴィンセントを溺愛していた王女が、身分が低く平民よりも魔力の少ない娘を息子の妻として認めるはずもなかった。アリシアは辛い思いをするかも知れない…そう思いながらも、王女の住まう王都の邸宅に訪れることはしなかった。ヴィンセントと、もっと親子として関わりたかったが、それも出来なかった。マリアンネ王女とも、夫婦として歩み寄りたかった…ヴィンセントとアリシアのように。王女の拒絶が辛かった。
結果として、アリシアの死を偽装する結果となったと思うと、ローランドは息子達に詫びた。叱責ではなく、懺悔だった。
「父上、父上の本当の名は何というのですか?」
ヴィンセントは父に尋ねた。
「私の本当の名はヴィゼルという。お前達の祖父母が他界した今、そこにいる家令のヨハン以外誰も知らない名だ」
自分の名を失くすことが如何に辛いことか。名前も付けてもらえなかったリヒトには痛いほど分かった。父は我が子や孫達に無関心なのではなかった。兄の代わりとして王女と結婚し、子を成した後は、王女の意向に従いそうせざるを得なかったのだ。
その日は父子三人で夜通し語り合った。それは、生まれてから今日まで関わり合うことの出来なかった年月を埋めるかのような時間だった。




