第五十一話 父と息子達①
スナイデル公爵は予定通り五日後には帰還した。馬から降りた公爵を家令と侍女達が出迎えると、厩番が愛馬を引いて行った。
「お帰りなさいませ、旦那様。お戻りになられたばかりで恐縮ですが、ヴィンセント様がお見えでございます」
「ヴィンセントが?何かあったのか?」
「詳しいことは直接お話しになるとのことですが…先にお着替えをなさいますか?」
「いや、何か急ぎの用かも知れぬ。先に会おう」
そう言って、ヴィンセントが待つ応接間に向かった。
父に全てを打ち明けると決意したものの、ヴィンセントは緊張のあまり何度も吐きそうになった。アナベルを選んだことに後悔はなかったが、アリシアが生きているという事実と、双子の弟リヒトの存在は、自分一人で抱えるにはあまりにも荷が重かった。母の行動に疑問を持ちながらも従ってきたのは自分だ。その結果が重くのしかかっていた。
ガチャリと音を立てて扉が開けば、久し振りに会う父の姿。少し乱れた髪と衣服が、視察から戻ったばかりだと教えてくれた。湯浴みも着替えすらせずに会いに来てくれたのだ。ヴィンセントはそのことに、疎遠気味な父の愛を感じた。
「父上、視察からお戻り早々お時間を頂き、有難うございます」
「気にするな。久し振りだなヴィンセント、息災だったか?」
そう尋ねるも、息子の顔色は真っ青だ。何か、ただならぬ事態のようだと、スナイデル公爵は感じ取ったようだ。
「…父上…今まで父上に内密にしていたことがあり…それを打ち明けたくまかり越しました」
「そうか。深刻な事態のようだな。落ち着いて話してみよ」
「…何から打ち明けたものか…まず、私の前妻アリシアのことです」
一度大きく息を吸い、静かに吐く。
「アリシアは…死んでいません。生きています」
「なっ…!?」
スナイデル公爵の近くに控えていた家令が、思わず声をあげた。公爵は黙って聞いている。
「産後すぐ移された離れに隠されていました。そのアリシアは先日離れから出奔しました」
「アリシアの死を偽装し、アナベルと再婚したのか」
激昂することもなく、淡々と事実を言葉にされたヴィンセントは、己がしでかしたことの愚かさをより痛感した。父が声を荒げた姿は見たことがない。いつも冷静に物事を見ている。何を考え…どう思っているのか…ヴィンセントは、厳しく叱責されることを望んでいたが、そうはならなかった。だが、その静かな目が、ヴィンセントを責めているように感じた。
「…その通りです。私は愚かなことをしました。そしてもう一つ…父上、貴方の息子は一人ではありません。私は双子です。弟に…会って下さいませんか」
「会おう」
公爵は迷うことなく即答した。
そうして扉が開き、リヒトの姿を見た公爵は…一瞬、何処か遠い目をした後リヒトに名を尋ねた。
「…リヒトと申します。私には名がありませんでしたが、アリシアが出奔する前に名付けてくれました」
「…マリアンネがお前を隠したのだな」
「はい、そうです」
「そしてヴィンセント、お前に秘密を共有させ共犯にしたのだな」
「…はい」
スナイデル公爵はふぅと息を吐いた。
「アリシアの死を偽装させたのも、マリアンネだろう。下位貴族の娘との婚姻など、神々の意向と言えど許せなかったのだろう。神託が降りてから、お前がアリシアと歩み寄ろうとしていたことは分かっている。使用人達も皆知っているだろう。だが、アナベルへの恋心を捨てきれずにいたな。利用するには丁度良かったことだろう」
あまり関わりのない父だったが、交流が少ない中でもこんなにも自分のことを見てくれていたとは。ヴィンセントは不謹慎と思いつつも嬉しく感じた。
「…マリアンネ…王女殿下は…私のことが許せないのだ…」
スナイデル公爵は目を瞑り眉間を揉んだ。
妻を王女殿下と呼ぶ父は、目を開け息子二人を見つめて言った。
「この機会に私も秘密を打ち明けよう」
家令は何か知っているのだろうか。心配そうにスナイデル公爵を見ている。
「…私も双子だった。そして私は、双子の…弟だ」




