第五十話 アリシアの行方
眠れぬまま朝を迎え、軽く朝食を済ませたリヒトは外套を羽織り馬に跨った。頭巾を深く下ろし、髪色を隠す。アリシアは馬術も巧みだと聞くが、女性が一人で馬に乗っていればかなり目立つ。移動は徒歩か乗合馬車を利用することになるだろう。一日かけて王都に戻ったリヒトは、補色の眼鏡をかけて乗合馬車の停留所へ行き、訪れる人々の中にアリシアがいないかと探った。相変わらずアリシアの魔力は感じ取れない。スナイデル領方面へ向かうとも思えないので、それ以外の方向へ逃げたと見るのが自然だろう。スナイデル領は王都の西側だ。フィデール領とタナトス領は最北、王都のすぐ東がノルディア領、南はアーレスハイム領…隣接する領は他にもある。北に延びる街道にはマリアンネが差し向けた追っ手がいるかも知れない。となれば、行き先は東か南ではないだろうか。最南の辺境伯家令嬢オーレリアは、剣技の試験でアリシアと首席を争ったことがきっかけで親しくなり、アリシアの葬儀が行われるまでは時々手紙のやり取りをしていたことを知っている。頼るとすれば南だろうか…王都のどこかに隠れているかも知れない。困窮した女性がまず頼るのは神殿だが、そこは真っ先に探されるだろう。
…いや、アリシアのことだ…誰も頼らず一人で何とかしようとするかも知れない…アリシアはどこまで知っているのか?俺がヴィンセント様の身代わりだったことは知っていたようだが、自分が死んだことになっているのは知っているのか?アナベル様とルシェリ様の存在は…乗合馬車に乗るにしても、身分証が必要だ。あの髪色と目の色ならば平民に見せかけることは容易だろうが、アリシア・フィデール・スナイデルの名は多くの国民が知っている。産後すぐに亡くなったことも…それに、逃げている最中に、馬鹿正直に自分の身分証を出すだろうか。アリシアが身分証を他者から買ったり偽造するとも思えないが、身を守るためなら…思案しながら停留所を見回っていると、マリアンネが差し向けたであろう騎士が二人、乗客を検分していた。彼らとはヴィンセントとして接したことがある。
「それらしい娘はいたか?」
小さな声で尋ねた。
「ヴィンセント様…」
「静かに。私は忍んでここに来ている」
「失礼致しました。行方知れずになってから今日まで此方に詰めておりますが、怪しい娘は訪れておりません」
「…そうか。他に派遣された騎士はどのくらいだ?それ以外のところを探そうかと思うが…」
「我々の他に、北へ延びる街道に三名、東側の隣接する領に三名、南に三名です。王都の近隣で、領境に近い町から探すことになっておりますが…王都に隣接する領はいくつもありますので、この人数では些か厳しいかと…」
死んだことになっているアリシアを派手に捜索することは出来ないだろう。アリシアが目立たず騒がず静かに暮らしてくれさえすれば、それで構わないと考えてくれないものかと思うが…あのご気性だ。アリシアがご自身の手から逃れたという事実が許せないのかも知れない。
「スナイデル領は探さないのか?」
「そちらには向かわないだろうと…」
「確かにな…」
東のノルディア領方面に向かえば公爵閣下の帰還に間に合わないかも知れない。西にはスナイデル領の他にも王都に接する領がある。公爵の予定に合わせるためにも、北の辺境にも向かいやすいと思われる北西を探すことにした。
騎士達と別れ、北西に向かって馬を走らせた。北西の領境を越え、風を吹かせて魔力を探ったが、愛しい魔力の香りを運んで来ることはなかった。




