第四十八話 ただ側に、その裏で
泣き疲れて眠ってしまったルーセントを寝台に降ろし頬を撫で、アナベルは寝室を出た。愛娘ルシェリも人形遊びをしながらも眠そうにしている。瞼が重そうだ。
「ルシェリもお兄様と一緒に休みましょう。此方へおいでなさい」
ルシェリを抱き上げ、トントンと背中を叩きながら優しく揺らせば、すぐに瞼を閉じ眠ってしまった。しばらくルシェリを抱いたまま、窓の外に見える離れの屋根を見つめていた。離れには、病を得た親族が滞在し療養中だと聞かされていた。病が移る恐れがあるため、近付くなとも言われていた。まさか、そこに…アナベルはきつく目を閉じ、ふぅと息を吐いてルシェリをルーセントの隣に寝かせた。子供達の可愛い寝顔を見ていると、涙が溢れてきた。こんなにも可愛いルーセントを、アリシアから奪ってしまったのだと、アナベルの胸は黒い糸で縛られたように痛んだ。
「アナベル…」
静かに扉が開き、ヴィンセントが入って来た。いつもは明るくただいま、と言ってくれるヴィンセントの表情は暗い。
「…ヴィンセント様」
二人は寝室を出て居間の長椅子に並んで座った。ヴィンセントは、静かに涙を流すアナベルの肩を抱き、アナベルが落ち着くのを待った。
「黙っていて悪かった」
「何故…このようなことに…わたくしは、あなたの妻になれずとも良かったのです。アリシア様に嫉妬して…に、憎んでいたこともありました…ですが、アリシア様からルーセントを奪っていたなんて」
はらはらと涙が溢れ落ちてくる。
「あの時…お義母様のお誘いをお断り出来なかったわたくしが悪いのです。あなたに…あなたに会いたくて、アリシア様を苦しめると分かっていながら止められなくて…あなたと共にいられるなら、引き換えにどんな罰を受けても良いと…」
「それは私も同じだよ…アリシアを娶っておきながら、きみのことを忘れられず…アナベル…きみの姿を見たあの時、地獄に落ちても良いと思ったんだ。アリシアを死んだことにすると母が言った時に、止めきれなかった私が悪いんだ」
「ルシェリを授かって、初めてこの腕に抱いて乳を含ませた時、こんなに幸せなことはないと思いました…アリシア様は、生まれたばかりのルーセントを遺して亡くなり、どんなに無念であったかと…ヴィンセント様、アリシア様にルーセントをお返しするべきです」
「…分かっている。だが、今となっては…ルーセントにとってどうするのが一番最善なのか判断しかねるんだ。きみはルーセントもルシェリも分け隔てなく愛情を注いでくれている。ルーセントもきみを慕っているのは、見ていれば分かる…私の実の息子だ。私の元で育てるのも間違いではなかろう」
「けれど、ルーセントはアリシア様の魔力を感じ取っていましたわ。アリシア様が出奔なさった時に、ははうえがいないと言って泣いたのです」
「アリシアの魔力を…」
「実の母の魔力を感じ取れていたから、安心して過ごしていたのかも知れません」
「…この件はよく考えねばなるまい…その前に、アリシアの行方を探したいと思っている。彼女が出奔したのは、腹の子を守るためだと思う」
「…え?」
「…私には…公にされていないが双子の弟がいる。母上が神殿に預けず隠してきた、名もない弟だ。アリシアはその弟の子を身籠った」
「なんてこと…」
「…私の振りをさせ、アリシアを…騙していた」
「なんて酷いことを!そんなことなら、わたくしを騙して下されば良かったのです!」
「それは無理だ。出来ない。影…弟がきみと一緒に過ごすなど、考えられない」
次々と明るみになる事実。アナベルは罪悪感に飲まれそうだった。
「母上は、アリシアが身籠った弟の子を堕すようにと私と弟に迫った。だが、そんなことは出来ない。アリシアが出奔したのはその直後だ…憶測でしかないが…我が子の危機を感じ取ったのではないかと思う」
「…わたくしだって逃げますわ」
「アリシアには戸籍がない。身分を証明出来るものがない。フィデール領まで帰るにしても、身重の身だ。もうすぐ雪も降るだろう。何としても早く見つけ出し、助けたい」
「ええ、早く助けて差し上げて…アリシア様に、本当に何かあったら…わたくし…」
アナベルは罪悪感に苛まれおかしくなってしまいそうだった。愛するが故に諦めなければならなかったのに、そう出来なかった自分の責任だと。
…カタンと物音がして、衝立の後ろから声がした。
「…ヴィンセント様」
「…影か。此方へ」
するりと姿を現したその人を見て、アナベルは驚愕した。双子にしても似過ぎている。纏う魔力も同じだ。
「アリシアは騙されていたことを知っていました。そして私が逃しました。行き先は存じません」
「…そうか」
「私はアリシアを愛してしまいました。マリアンネ様の手から逃し、平穏に暮らせるようにしてあげたいのです」
「…私も、アリシアを自由にしたい。この上は、父に全てを話し助力を請いたいと思う。それに…」
…神託を正しいものとしたい
「それは、どういう…」
「アナベルと再会してから、ずっと考えていたのだ。私の魂が言うのだ…私の伴侶はアナベルだと。これは理屈ではない…自らの過ちに言い訳をしているのでもない…直感だ。そして、神託が告げたアリシアの夫は、影…お前ではないかと。母上の暴走とも言える行動も、お前がアリシアを愛したのも…恐らくはアリシアも、そう感じているはずだ」
「…私が…アリシアの…」
「行こう」
ヴィンセントは、行って来る、子供達を頼むと言ってアナベルに口付けた。
「ヴィンセント様、私のことはリヒトとお呼び下さい。アリシアが付けてくれた名です」
「リヒト…光か。分かった。良い名だな」
ヴィンセントとリヒトは馬を飛ばし、父であるスナイデル公爵の元へ向かった。




