第四十七話 ことの経緯
「…それでだ、一体どうしてお前が死んだことになってるんだ?」
翌日の夕方、アリシアの仕事終わりにアシュベルとルーシィはアリシアの家を訪れた。
アリシアがパンを焼きスープを作ると言うので、その間にレグルスを連れて持ち帰りの惣菜を買いに行った。大人達に囲まれて育っているレグルスは物怖じもせず、長身のアシュベルに肩車をされても怖がらなかった。親友の子は可愛い。だが、ヴィンセントとリヒトとやらには腹が立って仕方がない。
「…それは私にも分からないのだけど」
アリシアはレグルスにパンをちぎって与えながら、眉間にしわを寄せていた。
「私はお義母様に認められていなかったから…ヴィンセント様もアナベル様のことを忘れられなかったんじゃないかしら…」
「だから神託の妻を死んだことにすれば、結婚出来るだろってことか?」
「憶測でしかないけれど…離婚でなく死別とした方が体裁が良かったのかも」
「一人目の子供はどうしてるんだ?」
「ルーセント…一人目の子はロイヤルブルーの瞳をしていたから、お義母様にも大事にされてると思う…出産後すぐに引き離されて、私は離れから出してもらえなくて、一度しか会っていないの。ヴィンセント様とアナベル様の元にいると思うわ。お二人のお子様と仲良く遊んでいるのを見たの…大事に、育ててくれてると思う…一度しか見ていないけれど、可愛がってくれていたわ」
「ロイヤルブルー…王家の青か。アナベルはお前が生きているのを知ってるのか?」
「それは分からないわ。同じ敷地内にいたけれど、離れと本邸の間は区切られていて、お庭も広くて離れていたからアナベル様や他の人達の魔力を感じることもなかったし」
「お前の魔力をアナベルが感じ取れるとも思えねぇな」
「うん。それで、閉じ込められて暇だったからずっと本を読んでいたのだけど、その中にラウール・ザドキエル先生の著書があってね。離れを抜け出して会いに行ったの。その時は、魔法を使えるようになればお義母様が認めてくれるんじゃないかと思って」
アリシアはそう話しながら、隠密の魔法のことを話すべきか話さざるべきか迷った。国王陛下と他数人しか存在を知らない秘匿魔法だ。やはり口に出すべきではないだろう。
「ザドキエル先生は薬学にも精通してらしたから、私が飲まされていたお茶が避妊の薬茶だったことが分かって」
「避妊していたのに、身籠ったのか」
「そのお茶に眠りの成分が入っていたから、読書する時に眠くなるのが嫌で飲んでなかったの。体力回復のお茶だって聞かされてたから…それまで避妊の薬茶があるなんて知らなくて」
「まぁ…特に辺境じゃ子はたくさん欲しいって家が多いからなぁ」
「でも、レグルスを身籠ったのが分かったのが、本邸のお庭でヴィンセント様とアナベル様がお子様と一緒にいるのを見た日だったから…」
「え…それ辛すぎる」
ルーシィは思わず口に出してしまった。
「アリシア様に避妊のお茶を飲ませてた旦那が浮気してて、浮気相手に子供がいて、それを知った日に旦那の子を身籠ったことが分かるって…」
「そうなの、酷いでしょ」
アリシアの眉は困ったように下がっている。
「…もうその時は、ヴィンセント様….リヒトのことを好きになっていたから…余計に辛かったわ…」
当時のことを思い出せば涙が溢れそうになる。
「レグルスを妊娠したことが分かった日に、リヒトがお義母様に呼ばれたからこっそりついて行ったの。その時はヴィンセント様だと思ってたんだけど、お義母様の前で下男のように膝をついていて、妊娠させたことを咎められていたわ。堕胎させろと言われていて、渋っていたら本物のヴィンセント様が呼ばれて、とっても混乱したのだけど」
その時の様子を思い返せば、入れ替わりの指示を出したのは義母だと思われた。ヴィンセントに成り済ますためには、閨を共にすることも必要だと思われたのだろう。
逃げ出す直前に、リヒトはアリシアに言った。面倒ごとを片付けて、安心して暮らせるようにすると。それからもう二年。リヒトは今どうしているのか。生きているのか。何も分からない。
「アリシア、ルーシィ。俺、ヴィンセントに会いに行こうと思う」
「えっ」
「大丈夫?殺さない?」
「殺したいけど殺さない」
「正直すぎる」
「場合によっては殺すかも知れん」
まぁ、それはさておき…とアシュベルは話を続ける。
「リヒトって奴の居場所は分からねえけど、ヴィンセントは王都のスナイデル邸に行けばなんか分かるだろ。それに、神託だけど…ヴィンセントじゃなくてリヒトが相手だったんじゃねえの?」
「それは…私もそうかも知れないって思ってる」
「神託が間違いだってこと?」
「神託がってより、解釈を間違えてるってことかな。こっちの神殿にも神託の控えはあるんだろ?」
「あると思うわ」
「明日確認しに行こうぜ」
「ええ」
話がひと段落すると、大人達の話にうとうとし始めたレグルスをあやしながら、アリシアはアシュベルとルーシィを交互に見た。
「まさかこんなところで再会するとは思ってなかったけど、二人は旅行中かなにか?」
「ああ。住むところと学校を探してる」
「学校?」
「ルーシィが通う平民向けの学校」
「私はこの町にある平民の学校に通って資格を取ったのよ。学びたい学科は決めてるの?」
「あたし…小さい頃に売られたから家事全般…特に料理とか出来なくて…アッシュと一緒にいるために、行儀作法とかも学びたいの」
「俺のために…」
アシュベルの頬は少し緩んでいる。小さな声で、嬉しい、可愛いと言っているが、全部聞こえている。
心の声が漏れちゃってるわ!と笑いながら、それなら、家政科が良いかもねとアリシアは言う。それから、この町ではアリシアではなくリーシュと呼ぶようにと伝えた。死んだことになっていて戸籍がないアリシアは、ザドキエル先生の行方不明になった養女の戸籍を借りており、ザドキエル先生の妻がこの町の神殿にいることも説明する。
夜も更け、アシュベルとルーシィは宿へと帰って行った。手を繋いで歩く二人を見送りながら、親友の幸せそうな姿が嬉しく、涙で霞むアリシアだった。




