第四十五話 怒り
アリシアは、ソニアと神殿の女性に店番を頼み、アシュベルとルーシィを自宅へと案内した。ルーシィは自分は遠慮すると言っていたが、アシュベルは一緒に居てくれと、手を握って離さなかった。
部屋の中は沈黙で空気が重い。口火を切ったのはアシュベルだった。
「…ヴィンセントの子か?」
アシュベルはレグルスを見てアリシアに問うた。泣きそうな顔をして俯くアリシア。
「二人目…だよな?」
俯きながらコクンと頷く。
「…分からないの」
「は?」
「多分ヴィンセント様の子じゃないの」
「…どういうことだよ?まさか、破落戸に襲われでもしたのか?」
「…違うわ。でも多分…ヴィンセント様じゃないの。多分双子なの」
「誰がだよ?」
「ヴィンセント様が二人居たのよ…同じ顔と背格好で…二人、居たの」
「ヴィンセントが双子だったって言うのか?双子なら次男は神殿に預けられるはずだろ?」
スナイデル家に双子が居るなど聞いたことがない。いや、双子は忌み嫌われる風潮が根強く残っている。公にされないこともあるだろう。ましてや公爵家、ヴィンセントの母は王女だ。王女が双子を産んだなど、公にしたくないと思っても不思議ではないと、アシュベルは思った。
「分からないけれど、多分神殿には預けられていないんじゃないかしら…名前もないと言っていたわ」
「で?お前が結婚したのはヴィンセントじゃなくて双子の片割れだったってことか?」
「…多分結婚したのはヴィンセント様で間違いないと思う…途中で変わってるの。多分、一人目を授かった後に…」
「多分、多分って…何だよさっきから!」
「だって、分からないんだもの!」
「それで何か?一人目はヴィンセントの子で?二人目はその名無しの子だって言うのか?何だよそれ!」
「!」
「クズ二人に良いようにされてんじゃねぇよ!兄弟二人でお前を犯して孕ませて、そんな事が罷り通ってたまるか!殺す!」
熱い殺気を放ちながらアシュベルは涙を流し叫んだ。
「だって、私だって双子だなんて思わなかったんだもの!ヴィンセント様だと思ってたんだもの!す、好きだって言ってくれて…嬉しくって」
「口じゃ何とでも言えるだろ!」
「でもあれは、本当だったもの…」
「お前、お人好し過ぎんだろ!絆されてんじゃねえよ!お前は!怒るべきだろ!騙されてたんだぞ!死んだ人間扱いされて、お前の家族がどんだけ泣いたか分かるか!?俺もだ!訃報が前線に届いて、飛んで行ってももう埋葬されてた!お前の墓の前で何回泣いたと思ってんだ!そんでヴィンセントはお前を死んだ事にして、アナベルと再婚した!子供だっているんだぞ!お前の子と同い年の子だぞ!お前がやらないなら、俺が殺す!」
「待って、待ってアッシュ!」
「大体お前、何でこんなとこで一人で子供育ててんだよ?名無しの方は何やってんだよ!」
「…分からない…でも、二人ともこの子を守ろうとしてくれたわ…」
「…何だと?」
「お義母様が、堕胎させろって、薬を飲ませろって二人に言ったの。流産はよくある事だって。でも、そんな事は出来ないって二人が…」
「何だよそれ…」
幼馴染二人の目からは止めどなく涙が溢れて来る。感情が溢れて止まらない。
「私、この子を守らなきゃと思って、すぐ逃げようとしたの。だから話の続きは分からないけれど、そしたらリヒトが来て、逃げろって。必ず迎えに行くからって。だからその後の事は分からないの…」
「リヒト?」
「名前を付けて欲しいって言われたの…ずっと、影と呼ばれていたって。私、好きになってたの、リヒトのことを…好きだと言ってくれたのはリヒトなの」
アリシアは、多分とは言わなかった。もう分かっているのだろう。神託は歪められたと。




