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きみの頬をなでる風になれたら  作者: 朝倉いろは


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第四十四話 新しい生活

 朝夕の空気に秋の涼しさを感じるようになって来た頃、アリシアは神殿を出てレグルスと二人暮らしを始めた。夏の薬師試験に無事合格し卒業、オーグスにある薬茶店に薬茶師として雇ってもらえることになり、生活の目処が立ったことと、神殿を頼って訪れる女性のために部屋を空けたかったのだ。自分もそうやって助けてもらったのだから、と。とは言っても、仕事中はレグルスを神殿で預かってもらっているので、フローリアや神殿の女性達とはほぼ毎日顔を合わせていた。

 窓を開ければ爽やかな風が頬を撫で、髪を揺らした。毛染めはしていないものの、髪は短いままだ。長い髪は、手入れをすることが出来る貴族女性の特権でもあった。町の女性達は、肩の少し下辺りまでか、邪魔にならないようまとめられる程度の長さに留めている。幼児を育てる一人親のアリシアも、手入れに時間などかけていられないが、髪に良いハーブ類を使ったオイルを手作りし、まとめる際に使い身綺麗にするよう心掛けた。アリシア手製の髪用オイルは神殿の女性達や薬茶店を訪れる女性達にも人気だった。働き始め、人前に出る機会の増えたアリシアは伊達眼鏡をかけて人相を誤魔化した。

「さぁ、レグルス起きて。ご飯を食べたら神殿に行くわよ」

 眠そうに目を擦るレグルス。欠伸をしながら寝台から降り、とてとて歩いて食卓についた。

「おはよう」

「おはよ、おかあちゃ」

 昨夜から生地を仕込んでおいた焼き立てのパンとスープで簡単に朝食を済ませ神殿に入り、二人揃って祭壇の前に立ち祈りを捧げる。神殿は、レグルスにとって勝手知ったる我が家のようなものだ。学校に通っている間も女性達と留守番をしていたこともあり、仕事を始めても特に泣くこともなく

「いてらっしゃい」

 と、笑顔で見送ってくれた。


「露店?」

 仕事が終わり、レグルスを迎えに来たアリシアに、ソニアが声を掛けた。

「そうそう。今度、神殿のお祭りがあるでしょう?良い夫婦の日のお祭り!リーシュは、怪しい騎士の人達が来てたから用心してたし、勉強が忙しかったりで出てなかったけど、今年は一緒にお店をやらない?」

「神殿の運営資金にもなるのよね?私も手伝うわ!」

「何を出展しようかなぁって考えてたんだけど…サンドイッチみたいな軽食とか、温かくて甘い果物茶とか…」

「お茶なら場所を取らないし材料も痛みにくくて良いかもね。余っても保存出来るし…」

「リーシュの手作りオイルも良いし、良い香りのする石鹸とか」

「お茶と雑貨にする?お酒を飲まない人もいるし。ちょっとしたお茶請けもあると良いかも」

「作り方を教えてね。一緒に作ろ」

 良い夫婦の日のお祭りは、オーグスの収穫祭も兼ねている。乗合い馬車の停留所から神殿にかけて、秋の実りや軽食、エールやワインなどの露店が並び、神殿では夫婦円満と家内安全を願い祈りが捧げられる。また、停留所前の広場には豊穣神が祀られ、採れたての作物や酒が供えられ、露店で買ったものを飲み食い出来るよう椅子やテーブルが並ぶ。そうやって、秋の恵みを豊穣神と共に楽しむのだ。

 オーグスの収穫祭兼良い夫婦の日のお祭りは、十一月二十日から二十二日にかけて三日間行われる。アリシアとソニアは果物茶やハーブを使った雑貨の仕込みで大忙しだ。神殿の祭壇からは神徒達の美しい歌が響いてくる。祈りの言葉も、まるで音楽を奏でているようだ。本番は楽隊が伴奏をするため、もっと美しい音色となるはずだ。フローリアや神徒達が、二十二日に執り行われる祭祀で神々に祈りと歌を捧げ、祭りは終いとなる。


 アリシアとソニアの露店はそこそこ繁盛していた。レグルスも店に立ち、可愛い看板息子になってくれた。飽きればウロウロするので目が離せなかったが、神殿にいる子供だと町の人達が覚えてくれているので、誰かしらが注意して見てくれた。

 お客さんの相手をしている最中に、とことこと走り出したレグルスを目で追うと、躓いて転びそうになったところを長身の男性が助けてくれたのが見えた。抱き上げられたレグルスは、こちらを指差した。どうやら、祭りを楽しんでいる若い夫婦のようだ。接客が終わったアリシアは、レグルスと夫婦の元へ走った。

「かあちゃ」

「レグルス!一人でウロウロしちゃだめよ!すみません、うちの子が…」

「アリシア…?」

 ハッとして男性を見上げる。

「…アシュベル…?」


 目の前の男性は、アリシアが知っている姿よりもがっしりと逞しく、レグルスを抱く腕には傷が沢山あった。だが、見間違えるはずもない。貴族院を卒業して以来、一度も会えずにいた幼馴染だった。

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