第四十三話 良い夫婦の日
ルーシィは借金を返し終え、年季明けとなった。俺よりも年下だが、大した女だと思う。先日治安部隊に突き出した男ほどではなくとも、行儀の良い客ばかりではなかっただろう。辛いことも多々あったはずだ。娼婦の仕事をとやかく言うつもりはない。あの店の娼婦達は表向きは皆明るく、清潔で健康的だった。だが、俺は男で客だった身だ。裏でどんな思いをしているか、本当の意味で理解出来ることはないだろう。
「ルーシィ、元気でね」
「私も年季明けまで頑張るわ」
「年季が明けたらまた会おうね」
「旦那もありがとう。旦那のお陰でお客さんの質が上がったのよ」
ルーシィを迎えに行くと、仲間達と別れを惜しんでいるところだった。明るいところで見るルーシィは、金の髪を輝かせ眩しいほどだった。金の髪を持つ平民はあまりいない。どうやらルーシィの父親は借金を繰り返しているようだ。見目の良い娘を金蔓としか思っていないかも知れない。借金を肩代わりすることも考えたが、金払いの良い情夫がいると思われても厄介だ。この先また借金を押し付けられないよう、役所に行き居場所を知られないようにするための手続きが必要だ。金ならあるが、この親に金を渡したところで何の助けにもならない。どちらかと言えば、近寄れば斬って捨てると脅した方がまだましだろう。
馬に乗せ、後ろから手綱を握る。初めて馬に乗るルーシィは、思ったより高いのね、と緊張している。片腕を腹に回してしっかりと抱いた。
「あまり飛ばさないようにするけど、怖かったら言ってくれ」
「うん」
顔の痣は痕に残らなかったが、背中の切り傷はまだ少し赤い。首筋に薄く見える傷跡に、思わずキスをした。
「きゃっ」
「あ、ごめん」
「くすぐったい!落ちちゃうよ」
「傷が薄くなってきて良かったなと思って…」
「残ったって良いわ。旦那しか見ないもの」
そう言われて心臓が跳ねた。ルーシィが俺だけのものになってくれたことが、素直に嬉しい。
「なぁ、もう客じゃないから名前で呼んでくれよ」
「あっ…そうだね。アシュベル様?」
「それは公式な場だけで良いかな。アッシュで良いよ」
「公式な場って、あたしがそんなとこに出ることある?」
「うーん、砦を継げば…あるかも?」
一番上の兄が家督を継げば、現在叔父達と家臣が守護している四つの砦を下の兄弟達で引き継ぐことになる。だが、俺は特攻は出来ても防衛戦は得意ではない。叔父が補佐に就いてくれるとは言え、表に出る方が性に合っている。砦は叔父に任せ、戦場を駆け回りたい。
「砦を継ぐ…本当にお貴族様なんだね…ねぇ、これから何処に行くの?」
「そうだなぁ、適当に…しばらく休みを取ったから、あちこち回ろう。ずっとあの町に居て、何処にも行ってなかったんだろ?」
「うん」
「住むところと…学校も何処に行くか決めないとなぁ」
「旦那…アッシュの領地には平民向けの学校はないの?」
「あるけど、町にも時々魔獣が出るからなぁ」
「でもそれって他の町でも同じじゃない?辺境ほどじゃないにしても、魔獣が湧くことあるよね?また前線に出るなら…その間は一人で過ごすことになるし…出来るだけアッシュと近いところに居たいな」
「前線に近いと危ないから、安全なところに居て欲しいけど…一人にする期間があるのはごめんな。でも仕事だから…」
「あたしのところにちゃんと帰って来るなら、良いよ」
「帰って来るよ。ルーシィを一人残して死なないから」
ああ、愛おしい。もう一度首筋にキスをすると、ルーシィは小さく声をあげ、振り返って俺を睨んだ。睨んだところで、ひたすら可愛いだけだった。
季節は秋だ。あちこちの町に立ち寄るたびに、収穫祭が行われていた。土地ごとに特産物が異なり、好まれる料理も様々だ。俺自身、食べたことのない料理や珍しい酒があり、ルーシィと一緒に楽しめることは新鮮だった。
「ご主人、ご主人!今日は良い夫婦の日だよ!可愛い奥さんにプレゼントはどうだい?」
露店を巡っていると、装飾品を扱う店の店主に声を掛けられた。ご主人、奥さんと呼ばれて、悪い気はしない。俺はルーシィの手を引いて立ち寄った。
「どれか気に入るものがあれば、記念に揃いで買おうぜ。初めての旅行だしな」
「お揃い…」
照れ臭そうに品物を手に取り見比べている。可愛い。
「…指輪だと、剣を握る時に邪魔になるかな?」
「飾りの付いてないものなら、あんま気にならんかも。指輪に傷が付きそうなら、首にかけても良いかな」
ルーシィがじっと見ているものは、小さな花がいくつか飾り彫りされた指輪だ。女性用は立体的だが、男性用は控えめな線彫りになっている。
「これ可愛いな。これにしようか」
「お二人とも、これは勿忘草だよ。花言葉はいくつかあるが、真実の愛ってのがある。良い夫婦の日にぴったりじゃないか」
俺達は顔を見合わせた。
「これをくれ」
「ありがとうございます!」
店主はがさつそうな見た目と違い、指輪を納めた箱を丁寧に包み、細かな刺繍が美しいリボンをかけてくれた。流石、装飾品を扱っているだけのことはある。
「このリボンはサービスだ!初めての旅行の記念に、うちの商品を選んでくれて嬉しいよ!」
指輪を受け取り、手を繋いで歩いていると小さな男の子が走って来た。小石に躓き、転びそうになったところを間一髪で抱き上げる。
「そんなに走ると、危ねぇぞ。人が多いから気を付けないと。かあちゃんはどこだ?」
「かあちゃ、あそこ」
男の子が指差した方を見れば、露店で飲み物と雑貨を売っている小柄な女性がいた。
「おいしいよ」
男の子はそう言って、俺達に店に行けとばかりに笑った。
「お前、商売上手だな」
ルーシィも笑っている。男の子を抱きつつ、もう片方の手はルーシィと繋いでいると、こうやって自分の子供と一緒に歩くこともあるのだろうと、顔が緩んでくる。
だが、懐かしい魔力の匂いを風が運んで来た時、ハッとして香りの元を辿った。
「かあちゃ」
「レグルス!一人でウロウロしちゃだめよ!すみません、うちの子が…」
香りの元は、男の子が指差した店の女性…俺が、あいつを見間違うはずがない。だが…あいつは…あいつは死…何なんだ、俺は頭がおかしくなったのか…
「アリシア…?」
「…アシュベル…?」
目の前の女性をアリシアと呼んだ俺を、ルーシィが見上げたのが分かった。不安にさせたくない。俺はルーシィの手をきつく握った。




